第61話 牧場の朝

 美和みな白姫しらひめ神社の前に出た。

 そこは明日から通う白姫高校の西門の前でもある。

 美和はたぶんこちらの門は使わないけど、初子はつねはいまの道を来て、ここの門から学校に入るだろう。

 神社のほうに軽くお辞儀じぎをして、坂を下っていく。

 さっき見たとおり、日の光は美和と初子と友梨咲ゆりさとシュー君が馬車鉄道の建物に着いたときよりもはっきりと地上を照らしている。

 空は、朝よりも深い青になっているけど、もやがぜんぶ晴れたわけではなさそうだ。

 美和が生まれる前には、この山の頂上に牧場があった。

 まだ夜が明けないうちから、動物たちが起きて、もやの覆うなかを小屋から牧草地に出て行く。

 牧場で働く人たちが動き出す。

 やがて、この牧場で一日を過ごしたい人たちがやって来て、まだ門が開く前から列を作る。

 その人たちが入場すると、たぶん、高らかにベルが鳴って、馬車鉄道の最初の列車が動き出す。

 馬のひづめの音。

 レールが鳴る音。

 やがてスピードを上げて、馬車鉄道の馬車は走り去っていく。

 もう、そんな日は、この山の頂上には戻って来ない。

 そこに牧場があり、馬車鉄道があるこの街と。

 その牧場がなくなり、まわりの家も空き家になり、馬車鉄道の事務所も廃墟になって、犯罪者に狙われているこの街と。

 どっちがいい、と言われたら、もちろん、牧場と馬車鉄道があるほうを美和は選ぶ。

 でも、しかたがない。美和が生まれたのは、その牧場と馬車鉄道がなくなった後だ。

 牧場と馬車鉄道があったときにも、いまの季節は、日が昇ったころには町は柔らかくもやに覆われていて、いまぐらいの時間になると空は晴れ、日射しがまぶしく感じるくらいになったのかな。

 美和は、立ち止まって、その空を見上げて、ふっと軽く息をつく。

 それから、自分の家のほうへとゆるい坂道を下っていった。


 (終)

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