第3話 豪邸と柴犬と再会

 初子はつねは豪邸に住んでいるという。

 自分で自分の住んでいる家を「豪邸」と言っていた。

 その豪邸を見てみたい、というのも、美和みなが初子の誘いを受けた理由の一つだった。

 初子の話だと、初子のお父さんは写真家で、外国の戦場に行って何年も写真を撮ってその写真を新聞社に送っていたという。それは危険な仕事だというので、そのぶん、給料が増やされ、その増やされたぶんの給料で豪邸ができた、ということだが。

 給料が増やされたぶんで豪邸ってできるものなのか?

 戦場が危ない場所だというのは言われなくてもわかるんだけど、そこで写真を撮ると、そんなに給料が増えるものなのか?

 初子が、美和をからかうために話を盛って「豪邸」と言っただけではないのか?

 それで、美和が朝早く家を出て、だいたい六時半ぐらいにその豪邸に着き、そこで初子と合流して白姫しらひめやまの頂上のほうに写真を撮りに行く、ということにした。

 初子はスマホにその豪邸への道筋の地図を送ってくれた。

 白姫神社の鳥居があって、その東側が白姫高校の校門、ただし裏口。

 高校から送られてきた資料、といっても、リンク一行とQRコードだけなのだけど、そのリンクを開いて見ると高校のマップがあって、この門は「西門」というらしい。

 で、初子お嬢様の家はというと。

 そこから山守やまもり町に上がる急な坂道……。

 ……が始まる手前で、左に曲がる。

 そこから、左右に家が続いている。

 大きい家もあれば、小さい家もある。

 そのうちの大きい家ならば、たしかに、「まあ豪邸」というくらいなら、言っていいかな?

 そして、どの家もおしゃれだ。

 形が整っていて、窓とか窓の外のベランダとかもおとぎの国か遊園地みたいで、屋根の色が青だったり、一階の屋根がアクセントをつけるように赤茶色たったり。

 それに、どの家も、壁が白い。

 ベージュっぽい壁もあるけど、どこも汚れていなくてきれいだ。

 そう感じてしまうのは、美和がいま住んでいる家が、建ててから四十年とかで、かなりガタが来ているから、なのか。

 でも、新しいはずの、美和の家が開いているお店があるビルもこんなおしゃれな感じではない。

 やっぱり、収入の格差、ってものなのかな。

 その「収入の格差」の家がずっと続いた突き当たりが、その初子の豪邸らしい。

 道がゆるくカーブしているので、いま美和がいるところからは見えないが。

 そろそろ見えてくる、と思ったところに。

 「わんっ!」

 なんかかわいらしい、犬の吠え声。

 「わんっ! わんっ! わわわん!」

 美和がかわいいと思ったのがわかって、自分が「かわいい」とは何ごと、自分は怖いんだぞ、と主張する必要を感じたのか。

 「わんっ! わんわんわんわんわん、おわわわわわんっ!」

と連続で吠えてくるのが、ますますかわいい!

 で?

 その吠え声の主は?

 美和は顔を上げて、その犬の姿をとらえようとした。

 もし、このかわいい吠え声がすごい大型犬のものだったとしたら、そのギャップが……。

 「あれ?」

 そのきれいな声は、相手のほうからだった。

 「美和?」

 「お?」

 いや。

 「お?」は、いいのか?

 顔を上げたところには、たしかにあんまり大きくない柴犬しばいぬっぽい犬もいた。

 首のところに青い布を巻いてもらっているのもかわいい。

 たしかに、かわいい。

 で?

 その犬から伸びるリードを持って、立っているのは、同じくらいの年ごろの少女だ。

 犬は門の外に出ているけど、その子はまだ門のなか、玄関の前に立っている。

 白いタイツ、赤のチェックのプリーツスカート、白いもふもふのジャンパー、白いもふもふの帽子、それから、手には白いもふもふの手袋をしている。

 着ているものはもふもふ感満載だけど、鼻筋の通った、すごい美人の子。

 こういうのを「あかけした美人」というのだろう。

 しかし。

 美和の名まえを知っていて、しかも「美和」を「みな」と呼ぶ以上、普通に考えて知り合いだ。

 その、青白くさえ見えてしまうほどの色白さ、ふわっとした髪の毛、目尻の下がった、親しみやすそうな目の線。

 「えっ?」

 美和は驚く。

 「友梨咲ゆりさ?」

 「うん!」

 その子、上地かみち友梨咲は、ただ「うん」と言うだけの声にありったけの息の力をこめて言った。

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