第二話「夢結ぶ」
第9話
「――……貴女。俺の姿が見えるのですか」
女性のように長く、羨ましいほど美しい黒髪。切れ長な細い瞳は驚いたように。そしてどこか安心したように揺れていた。
瞳がかち合い、思わず息を飲んだ。彼の僅かに見開かれた瞳に吸い込まれそうになる。
その人の肌は病的なほど色白で、その体を動かすたび黒髪が流れるように揺れる。一挙一動全ての所作が美しくて目を惹かれた。
若い人なのに今時珍しい和服姿が恐ろしいほどに似合う。
男性にこんな言葉を使うのは間違っているのかもしれないけれど――目を奪われるほどに、とても綺麗な人だった。
「――も、ちろん。見えますけど」
目の前の男性を見とれていたことに自分自身ようやく気付くと、慌てて視線を逸らした。
呆気に取られていて、答えるまで時間がかかってしまった。
頬に熱が集まっていく。きっと私の顔は真っ赤になってしまっているに違いない。
「これは、これは……なんというか……とても驚いたぁ」
姿を隠している妖怪か幽霊のように、男性は私に姿を見られてしまったことを心底驚いているようだった。
しかし瞳が揺れたのはほんの一瞬で、次の瞬間には余裕のある柔らかな笑みを浮かべていた。
そしてやけに緊張感のない間の抜けた声で驚きを全く感じない言葉を呟きながら、ゆっくりとした足取りでこちらに歩み寄ってきた。
小柄な私は、近づいてきた長身の彼を見上げる形になる。
その人は私の頭から爪先まで、まるでなめまわすように見回し微笑むと突然その長身を屈めた。
私の視界から突然彼の顔が消えた。
「――嗚呼、貴女はとても良い匂いがしますねぇ」
「――っ!?」
耳元ですんすんと匂いを嗅ぐように鼻が鳴った。
次の瞬間に体中の血液が顔に一気に集中して熱くなった。
突然のことに驚いて首を抑えて数歩後ずさる。言葉を失い、だらしなく口をぱくぱくと開閉させながら男を見やると彼はなんとも楽しそうに満面の笑みを浮かべていた。
初対面の、しかも見ず知らずの私のに、匂いを嗅ぐなんて――綺麗な顔をしているのに、なんて変態な人なのだろう。
「な――な、なっ。な、なんなんですか……あなたは」
「そうですね――……“バク”とでも名乗っておきましょうかぁ」
バク――獏。夢を喰って生きる伝説上の生き物だ。
偽名であることに間違いはないだろうが、人の夢に現れおかしなことをするこの人にはぴったりの名前である。
――そう、ここは夢の中。
店長――香屋“
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