第32話



 福寿は鼻歌を歌いながら町を歩いていた。

 空は快晴、小鳥も囀っている。風呂に入って身も心もすっきりした。今日はなんていい日なのだろう、と福寿は大きく息を吸い込んだ。

 袖には夢を売って作った大金が入っている。

 

 元より福寿はあまり金に執着はなかった。

 否、酒や賭博で金を飛ばすようなことはしない。福寿は周りが呆れる程人が良いのだ。

 困っている友人を助けるために借金の保証人になったりと騙され騙されて、気づけば借金まみれになって路上生活を余儀なくされた。

 いつの間にか愛する家族も自分の元を去って行ってしまった。それでも福寿は逃げることをしなかった。

 地道に働いて、働いて、借金を返して。そしてまた他人を助けるために泥をかぶる。

 そうやって何十年も生きてきた。他人は福寿のことを馬鹿だとか哀れだと蔑むが、福寿は自分の人生に悔いはなかった。

 

 ホームレスの仲間には好かれた。

 酷く弱く脆い彼らに少し手を差し伸べるだけで、彼らはとても嬉しそうに、幸せそうに笑うのだ。

 そのお世辞にも綺麗とは呼べない笑顔を見られるだけで、福寿はとても満たされた気がした。


 そして獏と出会い、夢を売れることに気づき自分の秘めている力に気づいた。

 決して金が欲しかったわけではない。唯、自分の見た夢で顔も知らない他人が幸せになれるということが嬉しかったのだ。

 

 そんなある日大きく成長した娘が会いたいと連絡してきた。

 だが福寿は迷っていた。こんなみすぼらしい格好をした自分が会えるわけがない。会ってどんな顔をすればよいのか分からない。

 娘が幸せであればそれでよいと思っていた。そういえば他人の幸せばかり考えて、自分の幸せなんて考えたこともなかった。


 だからあの時あの盲目の女性の言葉を聞いて福寿ははっとした。

 自分も幸せになっていいのだと。他人に幸福を与え続けてばかりいた自分が初めて誰かに幸せを与えられたと、堪らなく嬉しくなったのだ。

  

「そこ行く人。ちょっと、ちょっと」


 下駄を鳴らしていると、ふと誰かに呼び止められた。

 そちらに視線をやるとそこには黒いフードを深くかぶった怪しすぎる占い師が手招きしていた。


「お兄さん占いしていかない」


 何かを誘うように老婆のような皺かれた手は福寿を手招く。

 福寿は立ち止まったところから決して占い師に近づこうとはしなかった。 


「遠慮しておきます。自分の道は誰かに案内されずに自分で進むので」

 

 その場で満面の笑みを浮かべて、占い師に聞こえるように声を張って答えた。

 福寿の力強い言葉に諦めたのか占い師はどこか残念そうに手を降ろした。

 

「じゃあまた、占い師さん。貴女にも幸せが訪れますように」


 福寿はひらりと占い師に手を振って、再び下駄を鳴らして軽快に歩いていった。

 まるで誰かに導かれるように、決められた道を進むかのように、最愛の娘との待ち合わせの場所へとても楽しそうに、幸せそうに歩いていった。

 

「……本当に、腹が立つ」


 福寿が立ち去った後占い師は忌々しく苦言を零した。

 ローブを取ると、ぱさりと長い白髪が流れ落ちた。

 恨めしい目で男の背中を見つめた。その背中は誰も干渉できないような、定められた幸福感に満ち溢れていた。

 占い師はくつくつと笑いながら、四葉のクローバーを指で弄んだあと葉を摘まんで真っ二つに割いたのだった。




◇第四章/夢託す 完

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