第17話


「――……結さん」


 意識が現実に戻ってくる。

 目の前に広がる暗闇が、これが現実なんだと思わせる。


「魘されていましたけど、大丈夫ですか」

「昔の夢を、見てました」

「こんな所で夢香もなしに眠るからです。下手をすれば夢世に囚われたまま戻ってこれなくなりますよ」

「……はは、それならそれでいいかな。夢の中の方が、色々とはっきり見ることができるから」

「…………何を、馬鹿なことを」


 笑えることに、獏さんのいうとおり眠りにつくと夢を視れた。

 夢の中では私の目はよく見える。皮肉なこれにこれではどちらが夢でどちらが現実か分かったことではない。

 目を覚ますと果てしない暗闇が広がって、眠ると目が見えるなんて本当におかしな話だ。

 

 あの夢魔という綺麗な女性は、私をまんまと騙したのだ。

 獏さんがいうには私の目を奪って、夢世から現世を覗いて楽しんでいる――らしい。

 あとから聞いた話だが、店長も店長であの夢魔に大切なものを奪われている――らしい。

 なにを奪われたのか、いつごろ奪われたのかは聞いても教えてくれない。


「どんな夢を見たのですか」

「――……」


 いい淀むと、獏さんは慰めるように私の頭を撫でた。


「夢見の間は、夢世とも現世とも異なる空間です。ここでは貴女の力は影響しませんから安心してください……」


 どうやら私はあの四畳半程の小さな小さな夢見の間で眠っていたらしい。

 私は時折こうして昔の夢に魘される。あの時見た正夢がトラウマとなり、また私が視た夢のせいで悪いことが現実になってしまうのではないかと夢をみる度怯える毎日だ。

 その度に獏さん――店長は私をこの夢見の間に連れてきて夢診を行ってくれる。

 直接目にしたことはないが、店長いわく特殊な結界が施されているためこの空間でで見た夢はなにがあっても現世に影響を及ぼすことはない、らしい。

 だから私は安心して視た夢を店長に話すことができる。店長は私のカウンセラーも果たしてくれていた。


「ふわふわと柔らかくて、心地が良い髪ですね」

「……店長の方が綺麗な髪じゃないですか。真っ直ぐて、さらさらで羨ましい」


 私の髪は貴方みたいに綺麗で真っ直ぐな髪ではない。

 癖っ毛で柔らかな髪質で、よくたんぽぽの綿毛みたいだと小さな頃からかわれたものだ。

 女としては店長のような綺麗な黒髪が本当に羨ましくてたまらない。


「結さん、もう一度聞きます。どんな夢を視ていたんですか」


 店長は私の髪を触り、緊張を緩ませていたのだ。

 ああ、この人は本当に人の感情を操るのが上手い。

 今まで視ていた夢を辿って、小さく口元を緩ませた。


「……貴方と初めて会った時の夢です。辛くて悲しくて、思い出したくもないけれど――でも嫌な夢ではなかったです」

「そうですか、それはよかった。悲しい物語を見た後は楽しい夢を一緒に観ましょうか」

「――はは、いいこといってるけど。それって獏さんが夢を見たいだけでしょう」

「おや、ばれてしまいましたか。俺は夢香を使わないと、夢が見られませんからねぇ」


 マッチの擦れる音がして、焦げ臭い匂いが漂った後ふわりと甘い落ち着く匂いが漂う。

 きっと獏さんが夢香を焚いたのだろう。そして隣に彼が寝ころぶ気配がする。

 

「……あのことは貴女のせいではありませんよ。ですから、貴女が気に病む必要はないのです」


 慰めるように、何度も獏さんの手が私の頭を撫でる。

 この大きな優しい手に何度慰められたか分からない。どこか自分を責めるような声音に彼を慰めようと手を伸ばそうとするが、睡魔に負けて体を動かすことができない。

 私が目を失ったのは、自分自身の責任だから貴方が気に病む必要はないのだと。


 目が見えないけど、夢は見られる。おかしなことだけど、これが今の私の状況だ。

 夢が見たくないのに見えてしまう私。夢を見たいのに見られない獏さん。

 視力が無くなった生活は限りなく不便で、あちこち身体をぶつけて転んで体中傷だらけだけど――それでも時折こうして獏さんの役に立てるのだから、それだけでも十分だ。


「おやすみなさい、結さん。良い夢を――」

 

 そうして獏さんの優しい声に送られるように、私はゆっくりと夢世の中に堕ちていった。

 あの意地悪で、捻くれた、でもあまり優しくない店長の顔を夢の中で見るために。

 

 



◇二章/夢結ぶ 完

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