第13話
◇
「どこに、あるんだろう」
朝、ベッドに寝転がりながらスマートフォンで“夢見堂 お香”と調べてみた。
しかしお店のホームページは存在しておらず、場所がどこにあるのかも分からなかった。今時ホームページがない店舗も珍しいだろう。
しかし詳しく調べると、夢見堂という店でお香を買ったという人たちがブログやSNSなどで書いている記事を見つけた。
その記事を見て、獏さんは自分の空想の中の住人ではなく現実に、この現世に生きている人なのだと分かって何故だかとっても嬉しかったことを覚えている。
その日を境に、私は毎日のように夢世で獏さんと会った。
毎日あの和室で二人でお茶を飲みながら、様々な会話を交わす。
最初は感じなかったかりんとうの味も獏さんのいう通り段々と感じるようになってきた。
眠ることがこんなに楽しみなんて。夜が来ることがこんなにも待ち遠しいなんて。生まれて初めてのことだった。
「――……貴女も暇ですね」
なんて、獏さんは呆れたように笑っていたけれど、それでも嫌そうではなかったように思える。
私の勘違いなのかもしれないけれど、彼はあの夢世の小さな和室に現れる度少しだけ嬉しそうに微笑むのだ。
本来なら夢世に来られないと彼はいっていた。それがどういうことなのか私には理解できない。
でも、あの嬉しそうなどこか安堵したような微笑みを見られるのであれば――少しでも私が彼の役に立てていることがたまらなく嬉しかった。
憎まれ口を叩かれるのは腹が立つけれど、私はあの獏という男性と交わすひと時の時間がとても、とても幸せで楽しかったのだと思うのだ。
「あんた、好きな人できたでしょ」
「――え」
昼休み、食堂で昼食を食べていた所、突然スズに突っ込まれた。
おもってもいなかった質問にカレーを食べていた手が止まる。そして何故だか頭に浮かぶのは夢の中のあの
「最近恋する乙女の目をしてるから」
「な、なんだよそれ」
「女のカン、舐めたら怖いわよぉ……」
顔がみるみると熱くなっていくのが自分でも分かる。じとっと私を見つめてくるスズから視線を逸らすと何故だが松笠が鈴に突っかかっていた。
いや、私は確かにあの人と話すのは楽しい。楽しいけれど、決してそんな感情は抱いていない。断じて認めない。
「いい出会いでもあったの」
「いや、とても綺麗な人だけど……意地悪だし、馬鹿にするし、すぐ呆れられるし。そもそも本名も知らないし、会ったことないし……」
誰も聞いていないのに、独り言のようにぽつりぽつりと言葉を漏らしてしまう。
そうだ。そもそも私は獏さんの本名すらしらない。
確かにとても綺麗な人で、余裕がある年上の落ち着いた男性だ。だけどいつも笑顔の仮面を張り付けているかのようににこにこと微笑んでいるから何を考えているかも分からない。
そして時々浮かべる氷のように冷たい瞳に恐怖すら感じることもある。
丁寧でゆったりと話すけれど、とても意地悪で人をすぐ馬鹿にする。
そもそも、彼が本当にこの現世に存在している確証なんて、ないのだ。もし私の夢の中の空想の人物に恋をしていた、なんて知られようものなら引かれること間違いないだろう。
力なく言葉が徐々に尻すぼみになっていくと、松笠が机をばんと叩いて立ち上がった。
「なんだよソイツ。ネットで知り合った相手なんてロクなヤツいないだろう。お前騙されてんじゃねえの」
「はいはい、松はそんなにムキにならないの」
「違うから、そんなんじゃないから」
そうだ、あの人のことなんてなんとも思っていない。
そう自分にいい聞かせながら、話を誤魔化すようにスズを見つめた。
流行に敏感で物知りな彼女ならきっとあの店のことを知っているかもしれない。
「話は変わるけど、スズ。夢見堂ってお店しってる?」
「ゆめみどう?」
「うん、えっと……お香屋さん、らしいんだけど」
一瞬スズは話を逸らしたな、と口元を歪ませたがすぐに思い当たる店を探すように頭を捻り視線を宙に彷徨わせた。
悩むこと数十秒。思い当たることがあったのか、閃いたように目を見開いて手を叩いた。
「あー……あの、ものっすごく古ーいお香屋さん? ユメコーとかって変わったお香を売ってるお店」
「う、うん。それ、どこにあるか知ってる?」
突然声を張り上げた私に、鈴は驚きながらスマートフォンを取り出した。
「サイトとかないから分かりにくいんだけどさ、確か電車で何駅か行ったところだよ。そんなに遠くない……行きたいの?」
「うん、よく噂で聞くから鈴ならしってるかなと思って」
「よし今度の休みでもいってみようか。確かあそこの店長さん変わってるけど超イケメンらしいよ」
「俺も――」
「女子会に首突っ込むな、駄目松」
ぴしゃりと諫められて松笠は肩を落とした。
風変わりな美形、きっと獏さんのことだろうか。
その店に本当に彼がいるかどうかは分からない。でも、会えるかもしれないんだ。
スズの言葉に期待に胸膨らませ、ポケットの中の匂い袋をぎゅっと握りしめた。
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