第51話
◇第七章/夢見る
「楽しかったね」
「うん。いつも連れてきてくれてありがとう」
「お前いつもあの店に引き籠ってんだろ? 気分転換にはたまにはメシいこうぜ」
偽の夢香事件を解決した後、結は鈴と松笠の二人に晩御飯を食べにいこうと半ば強制的に連れ出された。
出掛ける前は億劫でも、いざ出掛けてみる想像以上に楽しくて、帰路に着くときにはついつい帰りたくないなんて思ってしまうものだ。
結は名残惜しそうに、鈴と松笠の間に挟まれて手を引かれながらゆっくりと店への帰り道を歩いていた。
「ちょっとそこの貴方達占いしていかないかい」
その途中、突然老婆に声をかけられた。
黒いローブを被った怪しい老婆。この周辺で噂の神出鬼没のよく当たる占い師だった。
「ああっ! よく当たるって有名な占い師さんだよ!」
こちらを手招いている占い師に気づくと、鈴は嬉々と声を上げた。
しかしその老婆は近づいてはいけないような嫌な雰囲気を感じた。目が見えない結にしか感じることのできない嫌な気配だ。
あの占い師に関わってはいけない。結は本能的にそう感じた。
「占ってくださいっ!」
「ちょっと、鈴……」
止めようとしたがすでに遅し。鈴は期待に胸膨らませながら占い師に歩み寄って両手を広げて見せた。
老婆はぎょろりと大きな目を見開いて、小さな懐中電灯で照らしながら鈴の手相を見た。
「ふむふむ。貴女好きな人がいるんだねぇ……大丈夫。きっと叶うよ」
「へぇ。彼氏欲しいっていってたお前にようやく春の到来か?」
女の子というものは大抵は占いが好きな生き物で、その言葉に鈴は更に瞳を見開いて嬉しそうに輝かせた。
鈴の横に立ち、冷やかしていた松笠の手を老婆は無理やりに引っ張って同じように懐中電灯で照らした。
「そこのお兄さんは……残念だけどその恋は叶わない。近くで想い続けてる子のところに行くんだねぇ」
「ふぅん」
その言葉に松笠は眉を潜めながら、大して興味がなさそうに空返事した。
その隣で鈴が驚いて目を丸くしている姿が目に浮かんで、結はくすりと微笑を零した。
「ほら、結も見てもらいなよ」
「いや、私は――」
自分はいい、と断ろうと思ったのだが鈴にぐいぐいと背中を押されて占い師の前に連れていかれた。
老婆の手が伸びて、結の手を引いた。血の気の通っていないようなとても冷たい、皺がれた細い手だ。
「あら……貴女目が見えないの?」
「……ええ、まあ」
手相を見ているはずなのに、なぜか結の顔を嘗め回すような視線を感じた。
まるでライオンに狙われている草食動物のような身の危険を。いい知れぬ不安と恐怖を感じて背筋が震える。
「あらあら可哀想に……貴女、シソウが出てるわよ。暗ぁい所に独りで沈んでいくのねぇ……」
「――――」
思わぬ言葉にその場にいた三人は驚き固まった。
結の頭の中に彼女の声が響き渡る。不思議とその声は老婆のものではなく、まるで若い女性のように聞こえていた。
「それと傍にいる男には気を付けた方がいいねぇ。彼は貴女と釣り合うような存在じゃないかもしれないわよぉ」
しかし次の瞬間には元の老婆の声に戻っていたので、恐らく気のせいだろう。
結に対しての占いは忠告というよりもどちらかといえば個人の恨み事のような感情が籠っているように聞こえた。
耳元で囁かれているような、首元にナイフを当てられて脅されているかのような、ヒシヒシと向けられた殺意が皮膚に突き刺さる。
そのあまりにも偏った占いに、脇にいた友人たちは表情を凍らせどうしたものかと顔を見合わせている。
「ふふっ、なぁんてねぇ。それじゃあ、三人の若者達に幸運がありますように……またいつでも占いに来てね」
物騒な言葉をいった直後とは思えない程、老婆は清々しく微笑んでクローバーの絵が描かれたカードを三人に差し出した。
特に結には念入りに、その手に直接カードを渡し両手で包み込むように優しく、老婆とは思えない程妖美な笑みを浮かべていた。
「あ、あの、お代は」
「今日は私は機嫌がいいからねぇ……今回は特別サービスしてあげるわ」
「あ、ありがとうございます。ほら、結行こう……」
にこりと機嫌良さそうに占い師は結から一切目を離すことなく微笑んだ。
そうして鈴は占い師の前で呆然と立ち尽くしている結を引きずるようにして、その場から逃げるように立ち去った。
占い師はにこにこと笑いながら手を振って、彼らの背中を見送った。
「――……タダより高いものはないのに、馬鹿な子達。うふふっ、でもようやく会えたわねぇ。私の大好きで、大っ嫌いな可愛い結ちゃん」
街灯の白い光に照らされながら、彼女は妖美に微笑んだ。
黒いフードからは銀色の長髪が風に揺られて靡いていた。
「結、大丈夫だよ。何かの冗談――ほ、ほら、占いだしさ」
「うん、大丈夫だよ。私あまり占いとか気にしないし……」
結の肩を抱きながら鈴は必死に彼女を元気づけていた。
誰しも大切な友人が“死相が出ている”といわれれば慰めるものだろう。
そんな彼女を気遣うように、結は平然と笑って見せた。しかしその反応が腑に落ちないようで鈴は困ったように眉を潜めた。
「ほら、松笠も……黙ってないでなんかいいなさいよぉ……」
先ほどから何もいわずに黙ってい松笠の肩を叩くと、何かを思い立ったように結を見た。
「……遠渡」
「なぁに」
「俺は、お前のことが好きだよ」
世間話でもするかのように呟かれた空気を読まない突然の告白に、鈴は驚いてあんぐりと口を開いた。
しかし結はいつかこうなることを予期していたかのように、一瞬驚きはしたものの次の瞬間には柔らかい微笑みを浮かべていた。
「有難う。松笠。でもね私は――」
「……獏さんのこと、好きなんだろ」
占い師の言葉が頭に蘇る。確かに自分はあの人と釣り合わない。でも獏が好きだ。この想いは本物だ。
彼の傍にいて、彼の役に立ちたい。想いが叶わずとも、傍にいられるだけで十分だった。
結は言葉を発さずゆっくりと頷いた。
彼女の答えを聞いた松笠は、そうかぁ、と自分にいい聞かせるように何度も頷くと結の手を握る力を強めた。
「うん。なら、俺はお前を応援するよ。だけど、これからも遊ぶからな。俺と、鈴と……結と。気に喰わねぇけど、今度はアイツも誘ってさ。
だからさ、お前はその……一人じゃねぇから。さっきの占いなんてぜってぇ気にすんな」
「――……うん、ありがとう」
結が微笑むと松笠は照れくさそうに、そして吹っ切れたようにすっきりとした笑顔を浮かべた。
すると自分の存在も忘れるなといわんばかりに鈴が思い切りうがーと声を上げた。
「わ、私も、松笠のこと好きだよ!」
「あ? どしたよ急に」
「結のことも大好きだ!」
「しってるよ、私も鈴と松笠のこと、大好きだよ」
鈴の思い切った告白が松笠に届くことはまだ先になるだろうが、三人はとても楽しそうに笑い合った。
静かな夜の商店街に三人の笑い声を響かせながら、店への道を真っすぐに歩いていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます