第24話



「貴女、悲しそうな眼をしているわねぇ」


 目の前を暗い表情で通り過ぎようとしていた栞那を呼び止めた。

 一度は聞こえないふりをして素通りしようとした彼女をもう一度呼び止めると、怪しそうな瞳でこちらを見た。

 その表情は感情が感じられない程の無表情だったが、その瞳は冷たく、とても悲しげだった。

 ゆっくりと手招きをすると、渋々と栞那はこちらに歩み寄ってきた。


「なんですか」

「いやぁ、アナタが捨てられた子猫みたいに哀れな顔をしていたから呼び止めたのよ」


 栞那の瞳に自分の姿が映る。白雪姫に出てくる魔女の様に、黒いフードを被った背中が曲がりしわがれた老婆。

 フードから覗かせるぎょろりとした大きな目玉は、子供が新しいおもちゃを見つけたかのような興味と、酷く冷酷な感情が宿っていた。

 全てを見透かしたような瞳に、栞那は釘付けになる。そんな彼女の集中を破ったのは遠くから聞こえた若者達の声だった。

 

「……友里」


 声のした方向に視線を向けた栞那はぽつりと寂しげに呟いた。

 その視線の先を辿ると、三人の女子高生がクレープ片手に楽しそうに和気藹々と戯れている姿が見えた。その内の一人は友里であった。

 女子高生たちを見る栞那の瞳には友里しか映っていなかった。楽しそうにクレープを頬張り写真を取り合う姿を栞那は羨ましく悲し気に、どこか憎しみが籠った目で見つめていた。


「悲しいのねぇ。寂しくて、構ってほしくて……憎くて憎くてたまらないのね」

「……そんなこと、ない。違う……違う」


 図星だったようだ。友里は動揺したように黒々と大きな瞳を泳がせながら、まるで自分にいい聞かせるかのように何度も首を横に振り続けた。

 そんな彼女の様子を見て楽しむ様に、堪えようとしていた笑みを思わず漏らしてしまった。

 なんて哀れで、愚鈍で、可愛い人間なのだろうか。


「ふっ、ふふふっ……好きなのねぇ、彼女のことが」

「……友里は。大切な人、だから」


 幼馴染。親友という一線を引いて、決して口に出してはいけない想い。栞那は性別を超え、友里に恋慕の情を抱いていた。

 しかしこの想いを口に出すときっと友里は栞那の元から離れてしまうだろう。きっと元の関係には戻れない。だから栞那はずっとこの恋心をひた隠して親友として傍に寄り添うのだ。

 その苦しそうな瞳を見て、再びくくくと笑った。


「夢で彼女を捕らえて離したくない程、彼女のことを愛しているのねぇ……その気持ちよぉく分かるわ」

「……なんでそれを」

「わたしは、夢の匂いが分かるのよぉ」


 鼻を鳴らすと、百合の香りが鼻腔に広がった。

 ひた隠しにしているが堪えきれない想い。彼女を愛しく想う恋心が積もりに積もって、彼女の名前と同じ“ユリ”の花が咲き乱れている。

 純粋無垢な白百合の豊潤で魅力的な香りが、栞那の想いと焦がれるような嫉妬によって漆黒の、呪いの黒百合へと姿を変える。

 咲き乱れた黒百合は彼女の想いを表すかのように、今にも想い人を呪ってしまおうと満開に花開こうとしている。そして栞那の想いが百合の匂いを鼻が曲がるほどの悪臭へと変えているのだ。


「――……夢見堂に行きなさい」

「ゆめみ、どう……?」

「そこでアナタの願いを叶えてくれるよ。アナタの醜くて……純粋な少女の可愛いいかわいそうな想いを」


 肩を揺らしながらひひひと笑うと、半ば無理やり栞那に四葉のクローバーが描かれたカードを差し出した。

 そのカードには夢見堂への地図が書かれていた。


「貴女に幸せが届きますように……」


 そう声をかけると、栞那は小さく礼を呟いてまるで操られるかのように真っ直ぐと夢見堂への道を歩き出した。

 

「白詰草が届けるのは幸せだけとは限らないけれど……ねぇ」


 栞那が立ち去った後、机の下に隠してあった四葉のクローバーの押し花を取り出した。

 眺めるようにそれを暫く弄った後、恨みを込めるようにそのカードを握りつぶしてマッチで火をつけた。

 カードはすぐに火が回り、ものの数秒で灰へと変わり怪しい笑みを浮かべる。

 そして次の獲物を探すかのように、舌なめずりをしながら道行く人間を観察するのであった。

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