第16話 魅了されちゃう妹たち

「ただいまー」


 玄関からリビングへ向かって声をかけると、とたとたと足音が近づいてくる。


「おっ、あにき。やっと帰ってきやがった」


 美月みつきだ。

 その隣には海未うみがいて、美月と手を繋いでいる。


「ああ、ちゃんと海未のお迎え行ってくれたんだ? ありがとうね」

「めんどくせーけどよ。やらないわけにはいかねーし」


 ぶつくさ言う美月。オレが海未の保育園へお迎えに行けないとき、代わりに美月に行ってもらうことがある。海未とは反りが合わない美月だけど、これまでサボったことはない。ちゃんと責任感があるんだよね。

 海未だって、迎えが美月だからといってわがままを言ったり、不満で泣いたりすることは今までないそうだ。


「にいに。そのひとだれ?」


 ぽかんとした様子の海未が指差す先には、鷹塚さんがいた。


「こんにちは。小さなお姫様」


 しまった。鷹塚さんもついてきてたんだ。


「いやぁ、本当にびっくりだね。まさか妹さんが二人ともこんなに可愛いなんて」


 取次にレジ袋をそっと置き、少し腰をかがめて美月と視線を合わせる鷹塚さん。

 初対面だからか、美月は流石に警戒した様子で後退りする。


「いいボールを持ってるね。ちょっと貸してくれるかい?」


 オレの立ち位置からは死角になっていて気づかなかったんだけど、よく見るとフットサル用のボールを小脇に抱えていた。

 美月め、また家の中でボール遊びしてたな。万が一窓に当たろうものならガラスが割れて破片が飛び散って怪我をするかもしれないからダメって言っておいたのに。


「え。おねーちゃん。サッカーできんの?」

「それなりにね」


 興味を示したらしい美月は、鷹塚さんにボールを手渡した。

 すると鷹塚さんは、ボールを巧みにコントロールしてリフティングを始めた。足から膝。膝から足。そして、足から頭。ボールは意思を持った生き物みたいに、鷹塚さんの体の上で弾んでいた。


「わ。すげぇ」


 素直に感心する美月。その横で、ぼんやり見ていた海未までぱちぱちと手を叩いて喜んでいる。

 ボールは鷹塚さんの額で跳ねて、ふんわりした軌道で美月の手元へ戻ってきた。


「ま、軽くこんなところ」

「あにき! このおねーちゃん何者!?」


 瞳を輝かせる美月。

 マズい。そんな質問してきたら、鷹塚さんは「キミのお兄さんの恋人だよ」とかなんとか言って、外堀を埋めようとするに決まってる!


「いや、その人はね――」

「キミのお兄さんの友達さ」

「えっ?」

「ん? 葉山くん、どうしたの? 酷いな。ぼくは友達じゃないとでも?」


 微笑む鷹塚さんからは、別に悪意の類を感じない。


「んだよー、あにき! こんなすげー友達いるなら教えてくれたった良かったじゃねーか」


 美月が頬をふくらませる。


「てっきりあたしは、あにきのことぼっちだって思ってたのに」

「えっ、オレそういう風に思われてたの……?」


 なんだかショックだ。

 確かに美月からすれば、放課後に直帰をして友達と遊ぼうとしないオレはぼっちとしか思えないだろう。

 でもそれは……美月や海未のためなんだけど……。


「あの、あたしは葉山美月っていうんだけどー、よかったら、今度あたしにサッカー教えてくれないかなーって」

「いいよ。キミみたいに可愛い子のためなら、いつだって時間をつくってあげる」


 涼しげに微笑む鷹塚さんは、美月の前で腰をかがめて、その頭を撫でる。

 可愛らしさに対する苦手意識と同時にコンプレックスを持っている美月なだけに、頬を赤くしてしまった。


「あ、あたしなんて別に全然可愛くねーし! スカート似合わないんだから……」

「ぼくだってそうだったよ。今だって女の子っぽい格好が苦手なんだけどね。でもこうして、制服ではスカートを穿いてる。どうかな? 違和感はある?」

「ぜ、ぜんぜんないっす!」

「もしかしたら、キミも見慣れない自分を目にする恥ずかしさのせいで、服が似合わないと勘違いしてしまっているのかもしれないね。一度、そういう先入観を捨ててみるといい。新しい物の見方が生まれるから。そうすればキミの選択肢だって増えるし、なりたい自分になれる可能性だって広がるよ」

「ほ、ほんとっすかねー。あたしが……」


 まんざらでもない表情をする美月は、まるで憧れの先輩を見つめるような視線を向ける。

 こ、これは美月が鷹塚さんに取り込まれてしまったのでは……?

 でも、結構良いことを言っているような気がする……。


「おうじさま!」


 デレデレする美月の横で、今度は海未がはしゃぎ始める。


「あのね、うみがもってるほんにでてくるおうじさまみたいなの!」

「これはまた可愛らしいことを言ってくれる子だね」


 鷹塚さんは、跪くようにしてかがみ、今度は海未と視線を合わせた。


「キミはいくつ?」

「うみね、4さい」

「そのファッションは、海未ちゃんが好きでやってるの?」

「うん」


 ぎこちない動作ながら、くるんと回って着ている服を見せる海未。

 今日も海未は、ひらひらとした格好の服を着ていた。うちは両親は、子どもとあまり一緒にいられない負い目からか、わりと子どものことでお金を使う方で、海未の場合はこの手の服に費やされることになる。


「ぼくが王子様なら、うみちゃんはお姫様なのかな?」

「そうなの!」

「げ。やっぱこいつ自分のことお姫様だとか思ってたのかよ~」


 隣で美月が嫌そうな顔をしていようとも、海未は上機嫌そのもの。


「キミみたいな子なら、ぼくも喜んで忠誠を誓うよ」


 海未の小さな手をそっとつまんだ鷹塚さんは、あろうことかその手の甲に軽く口づけをした。

 う、うちの妹になんてことをしてくれてるんですかねぇ!?

 しかし、海未の方に嫌がっている様子はなく、ぷにぷにした頬を真っ赤にして、星が浮かびそうなくらい瞳を輝かせている。


「なんてね。小さなお姫様にはまだ早すぎたかな?」

「うふふふふ」


 満足そうな海未は、頭から湯気が出そうなくらい顔を赤くすると、その場にぺたんと座り込んでしまう。

 こ、こいつ……4歳児を腰砕けに……。


「ほら、鷹塚さん! もういいでしょ、今日は手伝ってくれてありがとう! また明日!」


 一家の危機を感じたオレは、鷹塚さんの背中を押して、玄関の向こうへ押し出そうとする。

 このままじゃ、オレの前に妹たちが鷹塚さんのモノになってしまう。

 両親不在の今、家族を守れるのはオレだけ!

 なんとしても、鷹塚さんに取り込まれることだけは避けないと!


「なんだい。キミは強引だね。おっと、あんまり背中に手のひらを押し付けないでくれよ」

「え、なんで?」

「キミの手のひらを通して、ブラのホックがどこにあるのか探られたくないからさ」

「んもう!」


 オレは感触がわからないように、腕をクロスして鷹塚さんの背中を押していく。


「ふふふ。キミは一つ一つの反応が本当に可愛いね。キミの妹たちも可愛いけど、やっぱりぼくはキミが一番好きだよ」


 厄介な鷹塚さんを家の外へ押し出すまで、そんな問答は続くのだった。

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