第48話 その帰り
電車で帰宅中、最寄りの駅前に辿り着こうかというときには、美月も海未もぐっすり眠ってしまっていた。
遊び疲れた二人を起こすのも気が引けて、どうするか困っているとき、助け舟を出してくれたのは鷹塚さんだった。
「ごめんね、今日は何から何まで」
「これでキミに大きな恩を売れると思えば、安いものさ」
夜の商店街を歩くオレの隣には、美月をおぶってくれている鷹塚さんがいる。
オレの背中には、海未だ。
本当は兄であるオレが海未より大変な美月をおぶるべきだったんだけど、残念ながらオレより鷹塚さんの方が力持ちだからね……。
「最近は、鷹塚さんのお世話になりっぱなしだよ」
「嬉しいよ。キミのお世話をしてあげられるなんてね。どうだい? そろそろ妄想じゃなくてホンモノのぼくが欲しくなってきたんじゃないの?」
「そ、そういう意味じゃないから!」
海未が起きてしまわないように、そして近所迷惑になってしまわないように小声で突っ込む。
ちょっと油断するとこれなんだから……。
「もー。鷹塚さんはそういう方向に持っていこうとしなければ、オレだってもっと普通に仲良くなれちゃうのに」
「ぼくはキミと普通に仲良くなるだけじゃ不満なんだよ。キミをモノにしたいんだから」
「前から思ってたけど、どうしてそんなにオレにこだわるの?」
「言っただろ? キミは男子ながら『お嫁さんにしたいランキング』で一位に輝いたほどの逸材。そこらの女の子より、キミに魅力を感じたからだよ。だから、ぼくのモノになってほしいんだ」
「うーん、オレよりちゃんと女の子な人なんていっぱいいると思うんだけどなー」
「それがそういないのさ。キミとこうして関わるようになって改めて思ったよ」
オレは、前々から違和感を覚えていたことを口にする。
「でも、鷹塚さんにとってオレは恋愛対象っていうか、なんか実績解除のトロフィーみたいに思われている気がするんだけど」
別に、それで不快に思うことはない。
オレの本命は今も変わらず岩渕さんだ。鷹塚さんからゲーム感覚で狙われていたところで、怒るようなことはない。
それに、これまでの積み重ねで、やっぱりなんだかんだで鷹塚さんの親切なところを目の当たりにしていることが大きいのだろう。
「そんなことないよ? キミのことが大好きだから」
「あっ、嘘くさい」
「ぼくの体で、ぼくがキミをどれだけ好きか証明してあげられたら楽なんだけどね。キミがちっとも応じてくれないから」
「またそういうこと言うんだからー」
オレの家は、駅からそれなりに近いから、まもなく住んでいる一軒家の姿が見えてくる。
家のカギを開けて、玄関の取次に海未をそっと下ろす。
「ほら、美月ちゃん。着いたよ?」
隣では鷹塚さんも同じようにしていて、眠そうに目を擦る美月に微笑んでいた。
今日は休日。母さんは家にいる。
「母さん、ただいまー」
廊下の向こうから、パタパタとスリッパで駆け寄ってくる音がする。
「美月、海未を母さんのところに連れて行ってあげて」
「んー、仕方ねぇなー。ほら、海未、行くぞー。グズるなよなー」
「じゃあ、ぼくはこれで失礼するよ。機会があればまたキミを誘うからさ」
珍しくそそくさとした様子で、玄関の外に出ていってしまう鷹塚さんを追う。
「少し休んでいったら?」
「悪いね。キミのお母様は素敵な人だけど……ぼくのペースを乱されてしまうから、ちょっと苦手なんだ」
まさか鷹塚さんにも苦手があったとは。
「キミにそっくりなのに、ぼくの攻めが一切通じないし、それどころかやり込められそうになってしまうんだ……自信を失うよ」
母さんはバリバリ働いているくせに、普段はおっとりとマイペースで、滅多なことでは動じないから、鷹塚さんが苦手に思うのもわかる。鷹塚さんの王子様パワーが通じない相手もいるってことだ。まあ母さんは未だに父さんを唯一無二の王子様って考えているところがあるからなぁ。
「いや、いいよ。今日は本当にありがとうね。楽しかったよ。美月と海未にいい思い出をつくってあげられて良かった」
「今日のキミは、ぼくへの感謝でいっぱいだね。ぼくのモノになる日が近づいているってことかな?」
帰るときまで相変わらずな鷹塚さん。
「潔く認めるといいよ。ぼくのことが好きになっているって」
「そうだね。好きかも」
「……」
「どうしたの、そんなびっくりした顔で……」
「いや、そんなにあっさりと認めるとは思わなかったからさ……」
鷹塚さんは、本当に照れくさそうに視線をそらし、髪の毛先をいじいじ触っている。
なんだろう、この雰囲気。
オレの方まで照れくさくなってきちゃった……。
「べ、別に恋人としてとか、付き合いたいとかそういう意味での『好き』じゃないからね? これだけしてもらってるんだから、友達として好きって意味だよ?」
「なんだ。いや、わかってるから……」
鷹塚さんからは、すっかりいつもの余裕ある王子様としての姿を感じられなくなっていた。
ここ最近は、いつもと違うなってところがたびたびあった鷹塚さんだけど、ここまで目の当たりにしたのは初めてだ。
「……じゃあ、また明日学校で」
そそくさと背中を向ける鷹塚さん。
最後の最後で、珍しい姿を見てしまった。
鷹塚さんと一緒にいる機会が増えるごとに、親しみが増している気がする。
「これも鷹塚さんの作戦……?」
だとしたら、とんでもなく手強い相手だ。
そう再認識しながら、オレは自宅へと戻っていった。
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