第41話 みんなが帰ったあとで【玲緒視点】
「やっと静かになったか……」
一人になった部屋で、ぼくはソファに深く腰掛けた。
「ふふ、岩渕を入れるのは余計だったけど、これで葉山くんの連絡先が手に入ってしまったよ」
さて、どうやって彼を誘惑したものかな。
「……それにしても」
いつになく賑やかだったせいか、一人の部屋で呟いた言葉がやたら反響する気がした。
「やっぱり、他人を家に入れると変な感じがするな」
ソファに寝転がって、天井を見上げる。
高い高い天井だ。
二階へ繋がる階段に、壁沿いに設置された扉が見えた。
母親が家を出て行ってからというもの、ぼくは父一人、子一人で暮らしていた。
父親は多忙だ。
会社社長として、いくつもの会社を並行して経営しているから、この家に帰って来ることは滅多にない。
たいていは会社に泊まっているか……そうじゃなかったら、ぼくの知らない女のところにでもいるのだろう。
父親とは事務的なやりとりしかしていないから、詳しくは知らないけどさ。
まあ、犯罪に当たるようなことはしていないと信じているけれど、それはぼくから見た父親像と、ほんの少しの期待によるものであって、実態は不明だ。
親子で暮らしていることになっているこの家には、きっとぼく以外のぬくもりは一切ないに違いない。
この環境で苦労した覚えはないし、親からうるさく言われることなく好きにできるこの環境を嫌ってなんかいない。
父親は最低限親としての役割を果たすためか、定期的に口座にお金を振り込んでくる。
毎日のように派手に遊び回ったとしても使い切れないほどの金額だ。
以前は、腹いせのように無駄遣いしていたけれど、だからといって父親から咎められることはなかった。
どれだけ口座の金額を減らそうとも、決まった期日になれば預金が元通りになる光景には、いっそ不気味に感じたほどさ。
ぼくは何かの社会実験でこんな暮らしをさせられているんじゃないかって想像して、怖くなったくらいだ。
だから今では、父親から渡されるお金には手を付けていない。
『ルアージュ』で稼いだお金を使って、自分で賄っている。
「……夕飯の時間か。今日はどうしよう」
自分でつくる選択肢なんてない。
ぼくは料理ができない。
そもそも、誰も教えてくれる人がいなかったから。
包丁の正しい握り方すらわからないんだから。
調べる意欲もない。
栄養さえ取れればいいんだ。料理をして、栄養摂取のバリエーションを豊かにしたところで、時間の無駄にしかならないからね。
……でも、最近は違うんだ。
ぼくよりぼくの食生活を気にするお節介さんが毎日お弁当を作ってきてくれるおかげで、ちょっとは食への興味も湧いてきた。
明日は何を食べられるか考えることなんて、これまでしてこなかった思考パターンだ。
だからといって、自分で作ろうと思うまではいかないんだけどさ。
「……今日もウーバーの世話になるか」
ぼくは寝転がったまま、スマホを操作する。
寝たまま指先の指示だけで食事を運んできてくれるなんて、まるで王様みたいだよ。
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