第38話 王子様はお金持ち
放課後。
鷹塚さんが住んでいるマンションにやってきたオレは度肝を抜かれ、それは隣の岩渕さんも同じらしかった。
「ひっっっっろ!」
玄関に足を踏み入れた岩渕さんは、驚いた顔であたりをきょろきょろし始める。
「マンションなのにワンフロアじゃなくて、二階もあるじゃん! なんかロフトの凄いバージョンみたいな感じで! しかもそっちも部屋いっぱいあるし! やば!」
「本当。高層マンションとは思えないよ……」
岩渕さんと二人で上京したての人みたいになっちゃうオレ。
「キミたちうるさいよ。別にたいしたことないだろ?」
「ひえー、ガチ王子様じゃん。お父さんはどっかの王様?」
「ただの人だよ。社長って肩書がくっついてるだけの」
「社長令嬢! 王子様で社長令嬢って属性多すぎでしょ!」
「どっちもぼくに責任はないだろ」
岩渕さんと鷹塚さんは、顔を合わせた直後からこんな感じでやりとりをしていた。
クラスが別とはいえ、去年は体育の時間で一緒する機会があったみたいだから、そのときに交流が生まれていたのかもしれない。まあ岩渕さんのことだから、初対面だろうとすぐ仲良くなったっておかしくはないけど。
「お部屋訪問ごっこはもう終わりでいいだろ? キミらに家自慢をするために連れてきたわけじゃないんだ。ほら、そこのソファにでも座っていてくれ。ぼくは着替えてくるから」
二階へと上がっていく鷹塚さん。
「いやー、びびったわ」
「そうだね……なんか、スリッパでも持ってきた方が良かったかなって思っちゃうくらい」
「やっぱり、掃除はお手伝いさん任せかな? もしかしてメイドさんがいたり?」
「ありえるかも」
ソファの前で立ち尽くすオレ。それと岩渕さん。
「……葉山くん、座らないの?」
「いやぁ、座っていいのかなって思っちゃって。すごく良さげな革張りだし」
「あー、私もそれ思った。……それじゃ、いっせーので座る?」
「わ、わかった」
あからさまに金持ちの家に怖気付いている平民極まりないオレたちは、いっせーのせと声を掛け合って、ソファにおしりを沈めた。
「これ……マズいでしょ。勉強のときに使ったらダメなやつ!」
「このふっかふか具合。人をダメにするソファだ……」
「ダメだ……もう立ち上がれねぇ……」
「い、岩渕さん、これから勉強だよ!? 寝たらダメだよ!」
「すまねぇ、葉山くん……あとは……頼んだ。ガクッ」
「岩渕さ~ん!」
「ソファ一つで大はしゃぎできるなんて、キミらは幸せな頭をしているね」
呆れた顔をしながら鷹塚さんが戻って来る。
「おっ、案外フツーの部屋着。安心感あるわー」
勉強道具を小脇に抱えた鷹塚さんは、薄手の黒いフルジップパーカーをきっちり上まで締めていて、下は同色のショートパンツという格好だった。むき出しの白い脚が艶めかしくはあるけど、普通といえば普通かも。
「岩渕はぼくがどんな格好だったら満足だったんだ?」
「うーん、バスローブ?」
「待機中のAV女優みたいにかい?」
「ははっ、それな~」
ため息をつく鷹塚さんにたいして、指さして無邪気に笑う岩渕さんだけど……オレの心はざわついたよ。
岩渕さんって女の子なのに……えっちな映像コンテンツに馴染みあるの……? って。
オレのちょっとした動揺を見逃さないのが、鷹塚さんという人の真骨頂。
「ん? どうしたのかな? 何か変なことでもあったのかい?」
すすっと寄ってくる鷹塚さんはニヤニヤしている。絶対わかってて言ってる。悪魔の微笑みだ。
「葉山くんがどうしたの?」
気づいていない様子の岩渕さんまで寄ってくる。
今オレは、二人の女子に挟み撃ちを食らってしまっていた。
「ふふふ、どうしようかなぁ。言っていい?」
「で、できればやめてもらえると……」
「なにが? なにが?」
岩渕さんだけやたらと興味津々だ。せっかく興味を持ってくれるのなら、こんなときじゃなければよかったのに……。
「特別に今回はやめといてあげるよ。キミがへそを曲げてしまったら、勉強会の会場を提供した意味がなくなってしまいそうだからね」
鷹塚さんなりの武士の情けなのだろう。オレを放ってソファの方へと向かっていく。
「ねぇ、なんなの? 隠さなくてもいいじゃん~」
岩渕さんの方は邪気のないニコニコした笑みで、オレの腕をぶんぶん振ってくる。
岩渕さんがえっちな動画を観ている疑惑が浮上してびっくりしちゃったんです、なんて正直に言えない。
「もう解放してあげなよ。大したことじゃないさ。まあ、葉山くんは可愛いよねという、ただそれだけのことだから」
「あー、それな~」
諦めてくれたようで、岩渕さんはソファへと向かう。
やれやれ、良かった。
でも、オレも反省しないとな。
岩渕さんの趣味は、ちゃんと受け止めないと。
オレだって、いっぱしの男子。
これから、岩渕さんに追いつけるように、えっちなコンテンツをもっと積極的に勉強しなければ!
……いや、やっぱり恥ずかしいかも。
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