第37話 ときどき表情を見られるのを嫌がる鷹塚さん
翌日の昼休み中。
ベンチ代わりにしている岩に腰掛けて、お弁当箱を開けようとしていたときだ。
「あっ、来た……」
「そりゃ来るさ。キミがぼくのモノになるまで、何度でもね」
「そんなこと言って。昨日丸一日姿を見せなかったじゃない」
どうも噂では、鷹塚さんは学校に来ない日がたまにあるらしいけれど。気分屋な鷹塚さんのことだし、ありそうだなって思ってしまった。
「おかげで鷹塚さんの分のお弁当、持ち帰ることになっちゃったんだから」
「それは悪かったね。もしかして捨ててしまったのかい?」
「いや、帰ったら美月が食べてくれたから。育ち盛りだからよく食べるんだよね」
「それならよかった。今後、ぼくがこないことを連絡できるように、ラインの交換をしておく?」
「それはちょっと……」
「相変わらず強情だね。さっさとぼくのモノになればいいのにさ」
鷹塚さんが隣に腰掛ける。
あからさまに距離を取るような位置じゃなかった。
「なんだい、その顔は? 別にぼくは何もしていないのにニコニコされると不気味だよ」
「いや、この前はオレ、余計なことしちゃったから。鷹塚さんがまだ怒ってるんじゃないかと思って」
「ああ、キミが無謀にもぼくを守ろうとしたことかい。もういいよ。忘れてくれ」
「……鷹塚さん?」
突然鷹塚さんがそっぽを向いてしまう。
これ、まだ怒ってるのかも。
そうだよね。結局は、鷹塚さんが体を張ってくれたから無事に済んだけれど、何の勝算もなく飛び出したオレは、下手をすれば危ない目に遭っていて、もっともっと鷹塚さんに迷惑をかけていたかもしれないんだから。
「あれは本当に悪気はなくて」
ちゃんと頭を下げようと思って、鷹塚さんの正面に回り込む。
「……鷹塚さん?」
どうして目を合わせようとしないのだろう? オレが回り込んだら、鷹塚さんはそっぽを向いてしまう。
反復横跳びをするみたいに素早く回り込んでも、鷹塚さんの表情はわからなかった。
仕方ない、無理をするのはやめよう。
諦めたオレは、ベンチみたいな岩に座り直して、鷹塚さんの分のお弁当を手渡す。
「今日は食べてくれる?」
「二度も食べ物を粗末にする気はないさ」
よかった、受け取ってくれた。
いつもの昼食の時間が始まると、話題は中間試験のことになる。
「鷹塚さんは、勉強大丈夫なの?」
「キミ、一年の期末は何位?」
「えっと、学年五位だけど?」
「ぼくは一位さ」
「えええっ!?」
「驚くようなことかい?」
「いや、遊んでばかりな印象があったから……」
「やるべきことはちゃんとやってるんだよ」
奔放そうな鷹塚さんだけど、締めるところはきっちり締めてるんだって。
自分より体格が上の男二人を軽々投げ飛ばしちゃうくらいだから、運動もできるんだろうし。
強引なところを除けば完璧そのものだ。
まあ、それくらい完璧じゃないとカッコいい『王子様』にはなれないだろうしね。
「そうなんだー。オレ、実は勉強にはちょっと苦戦してて」
「学年5位なら、普段通りやれば何も問題ないだろ?」
「いや、ぼくじゃなくて。鷹塚さんが学校休んでる間に、岩渕さんの勉強を見てたんだけど――」
「は? 二人きりで?」
「い、いや、もちろん教室とか部室でだよ?」
恐ろしいほどの迫力で詰め寄ってきて、オレは思わず戸惑っちゃう。
なんで? オレが岩渕さんと二人きりで勉強したらダメなの……?
ああ、オレが岩渕さんと仲良くなっちゃったら、オレをモノにすることを明言している鷹塚さんからすれば都合が悪いもんね。
鷹塚さんに限って、オレを本気で好きだと思ってるなんてありえないし。
「そうかい。いや、初めからわかっていたよ。ちょっと意地悪をしただけさ」
「本当に意地悪だよー」
「ふふふ、キミが岩渕と二人きりになろうものなら、勉強を教えるどころじゃなくなってしまうだろうしね」
鼻で笑う鷹塚さん。
なんだ、見抜かれてたのか。恥ずかしいなぁ。
「それでね、岩渕さんったら勉強がすごく苦手みたいなんだ」
「そりゃそうだ。彼女、結構な脳筋だから。岩渕に知恵をつけさせるのは、イノシシに泳ぎを教えるくらい難しいよ」
言い方に棘があるよ……。
でも実際、鷹塚さんの言い方でも間違いってわけじゃないのが難しいところ。
「岩渕さん、いつも勉強し慣れている場所だといまいち集中できないみたいなんだよね。それなら他にいい場所ないかって考えたんだけど、オレの家は――」
「ダメだ。それはよくない」
びっくりした。
鷹塚さんったら、急に顔を近づけて圧をかけてくるんだから。
それも、何かとても焦っているような表情で。
まあ、鷹塚さんが否定する理由はわかるよ。
「うん、そうなんだよ。オレの家だと美月と海未がいて、構ってくれってうるさくなるに決まってるからね。それに、岩渕さんもいい人だから一緒に遊んじゃいそうで」
美月と海未は喜びそうだけど、それで岩渕さんが赤点を取ってしまうのでは目も当てられない。
うちの妹たちのことを知っている鷹塚さんだからこそ、オレの家での勉強会には反対に違いない。
「岩渕彩珠に勉強を教えるなんて、やめたら? キミには荷が重いよ」
「流石にそれはできないよ。力不足は感じるけど、せっかく頼ってくれたんだから、何かしら力になりたいんだよ」
岩渕さんがもういいって言うまで、オレはねばるつもりだった。
なんなら、ちょっとくらい自分の勉強時間が削られたっていいと思えるくらい。
「下心でいっぱいだね。勉強を教えた程度じゃ、感謝されることはあってもキミに恋するまで発展することはないよ? せいぜい友達としての仲が深まるだけさ」
「べ、別に好きになってもらおうとまで考えてないよ?」
少しでも仲良くなれれば、その分だけチャンスは増えるかも、なんて考えることはあるけど。
ちょっとは期待しちゃうけどさ。
でも、岩渕さんに気持ちよく合宿に参加して欲しい気持ちだってちゃんとある。
「それより、ぼくと二人きりで勉強した方がキミの下心を満たせると思うけどね?」
オレの顎に指先を当てて、持ち上げてくる鷹塚さん。
「恋人同士になったあとのこと、全部教えてあげるよ?」
鷹塚さんの唇が、オレの唇に触れそうなくらいまで近づいてくる。
空になったお弁当箱は傍らに置いてあって、右手はオレの腿をまさぐっている。
「一日キミに会わなかったから、葉山くん成分が不足していてね。妄想で済ませるのも限界があるから、触れさせてくれよ」
「だ、ダメだよー」
オレは立ち上がって、鷹塚さんのまさぐり攻撃を回避する。
「なんだ。つれない人だな、キミは」
「結局いつも通りの鷹塚さんだよ……」
「ぼくはさっきからいつも通りだろ?」
「違うよ。なんか元気がないっていうか。いつもの鷹塚さんと違うなって感じだったよ。それはそれで心配になっちゃって」
また背中を向けちゃう鷹塚さん。
本当に、今日の鷹塚さんはアップダウンが激しいっていうか。
「鷹塚さん? 本当に大丈夫?」
「回り込むんじゃない」
「あ、ごめん」
妙に強い迫力があって、オレの足は止まっちゃう。
グイグイ迫って来られるのは苦手だ。でも、オレをモノにしようとする普段の鷹塚さんからは拒絶する感じは一切ない。それだけに、こうして否定をぶつけられると不安になっちゃう。
うーん、鷹塚さんの手のひらの上で踊らされてるってことなのかなぁ、こういうふうに考えちゃうのって。
でも、どうして鷹塚さんは自分の前に立たれるのがイヤなんだろう?
「キミ、そんなに勉強の場所を探しているのなら、いっそぼくの家でやれよ」
「え?」
「聞こえなかったのかい? ぼくの家を勉強スペースとして提供してあげると言っているんだ」
「い、いいの!?」
「ああ。そうでもしないと、試験が終わるまで延々と岩渕彩珠の話を聞かされそうだから」
「でも、急に押しかけたら迷惑じゃない?」
「平気さ。ぼくの家は無駄に広いし……別にキミが気にするようなことは起きない。ただし、キミと岩渕彩珠だけだ。余計な連中は連れて来るなよ」
「うん。ありがとう」
オレはつい、鷹塚さんの手を握ってしまう。
ちゃんとこちらを向いてくれている鷹塚さんは呆れ顔だった。
「本当、キミはぼくから距離を詰められることを嫌がっているくせにそういうことをするんだから。おかしなヤツだね」
「うーん、イヤってことはないよ?」
「え?」
「今も苦手ではあるけど、ここで突然告白されたときと違って、今は鷹塚さんにもいい面はあるって知ってるから」
今のオレは、鷹塚さんが野良猫から好かれて、うちの姉妹にも優しくて、バイト先のカフェを大事にしている人だと知っている。
「知ったような口を」
鼻で笑って立ち上がる鷹塚さん。
「油断してたら、あっという間にキミの貞操はもらってしまうからね?」
「そ、それは遠慮してほしいかなぁ……」
「じゃ、またあとで。相変わらずキミの弁当は美味しいよ。ごちそうさま」
背中を向けた鷹塚さんは、手のひらをひらひらさせながら去っていく。
ベンチみたいな岩に残された、空っぽのお弁当箱を回収するオレ。
「ちゃんとお礼を言ってくれるのも、鷹塚さんのいいところだよね」
それだけで、明日も作ってこようと思ってしまうオレは、やっぱり鷹塚さんが指摘する通りチョロいのかもしれない。
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