第39話 挟み撃ちの勉強会
勉強会が始まる。
「あの、これ配置おかしくない?」
どういうわけか、オレの両隣に鷹塚さんと岩渕さんがいる。
オレと鷹塚さんが教師役になって、岩渕さんに勉強を教えるのなら、岩渕さんが真ん中の方がいいのに。
ソファと、その前にあるガラスのローテーブルの距離と高さの都合上、オレたちはソファを使わずにその前に座って勉強することにしたんだけど、左右の二人とオレとの距離感がやたらと近くて、ぴったり密着するかたちになってしまっている。
「これじゃ岩渕さんに教えにくいでしょ?」
それに、鷹塚さんはともかく岩渕さんと常に密着した状態じゃ、オレの方が勉強に集中できなくなっちゃいそうだ。岩渕さんはブレザーを脱いでいて、ワイシャツ姿だから、ちょっと触れただけで柔らかい感触がする……。
「キミは勘違いしているけれど、ぼくは岩渕に勉強を教えるつもりはないから」
「えっ、そうなの?」
勉強場所を提供してくれた時点で、鷹塚さんも岩渕さんの赤点回避に協力してくれるものとばかり……。
「うーん、私も鷹塚さんから勉強教わるのはちょっと。なんかスパルタの雰囲気があるし」
「ああ。ぼく、バカには容赦しないから」
「バカじゃないもん!」
膨れ面をする岩渕さん。
でも岩渕さんは、勉強ができないというだけで、頭そのものが悪いわけじゃないと思う。
バスケットボールみたいな展開が早いスポーツでも素早く的確に動いて、味方との連携やディフェンスとの駆け引きができるのだから。むしろ、頭の回転は早いはず。
「ぼくは葉山くんの隣で勉強がしたいだけさ。いじらしいだろ? ほら、余計なことは気にせず、適当に岩渕に勉強を教えるといい」
「葉山くん、とりあえず今は勉強に集中できそうなんだ。だから、今のうちのお願い!」
岩渕さんがここまで言ってるんだ。やる気のあるうちに教え込んだ方がいいよね。
「ごめん。じゃあ、早速問題集のここのページを――」
岩渕さんに問題を解いてもらっている間、オレはオレの勉強をし、岩渕さんが解き終わったらミスした設問の解説するというやり方で進めていく。
隣の鷹塚さんは黙々と問題を解いていて、軽やかに動くペンの音が左隣から響いていた。
どうやら、今回は余計なちょっかいを掛けてくることはないみたい。
「じゃあ、次はここの問題解いてみて」
「が、頑張る……!」
指先で頭をつついて苦しそうにしながらも、今のところ岩渕さんが前回みたいに奇声を発してストレスの解消に走るほどの事態には陥っていない。根気よく問題集と向き合っていた。
やっぱり、環境を変えたことが功を奏したのかな。
自宅に招いてくれた鷹塚さんには感謝だよ。
「やれやれ。今度は暗記か。効率悪くて苦手なんだよな」
「えー、暗記の方が楽じゃない? 覚えればいいだけなんだし」
問題集にかじりついていた岩渕さんが、鷹塚さんの方へ顔を向ける。
「岩渕みたいな脳筋はそうだろうね」
「残念でした。脳の筋肉を鍛えるトレーニングはしてないんだよねー」
「……岩渕、マジか?」
「えっ、なにその反応……ホンモノを見るような目……」
愕然とする岩渕さんを放って、単語帳を取り出す鷹塚さん。
「ひうん!」
「なに、どうしたの? 葉山くんも勉強イヤになると変な声出るの?」
「い、いや、これは違くて……オレのことは気にしないで問題解いててよ」
不思議そうにする岩渕さんは、すぐ問題を解く作業に戻るんだけど、鷹塚さんは離してくれない。
鷹塚さんは単語帳を手にしていて、ペンを握らなくなったせいだろう。空いた右手が、オレの太ももへと伸びてきて、手のひらで腿を擦られてしまったのだ。声が出たのはそのせい。
これじゃ集中して問題を解けやしないよ……。
鷹塚さんはそれだけじゃ飽きたらないのか、オレの左腕を抱きかかえるようにして、胸を押し付けてくる。
この手のセクハラは日常茶飯事。でも、今日の感触はなんか違った。
いつもよりずっと柔らかい。
まるで、直接触れてしまっているような……。
まさか。
頬と背中が一気に熱くなってくる。
「ノーブラ」
オレにだけ聞こえるように、ねっとり囁く鷹塚さん。
やっぱり! この薄手のパーカーの下はとんでもないことになっていたんだ!
「ん? 鷹塚さん、今、ノーブラって言わなかった?」
再び顔が鷹塚さんの方へ向かう岩渕さん。
「nobleって言ったのさ。崇高、上品、公正。まさにぼくのことだよね。キミはどれだけえっちな聞き間違いしてるんだよ」
単語帳を掲げて見せる鷹塚さん。
「なんだ、そっか……」
気のせいかつまらなさそうな顔をして、岩渕さんは勉強へと戻る。
「葉山くんは、暗記科目の方はどうだい? ちゃんと覚えてるかな?」
「も、もちろん。鷹塚さんみたいに暗記用の勉強時間をつくることはしないけど、スキマ時間に覚えることにしてる」
とはいえ、目前で行われている出来事のせいで何ワードか記憶から飛びそうだけど。
「そっか。ぼくみたいにお手製の単語帳とかないのかい?」
「市販の単語帳で覚えることが多いかなぁ」
「ふーん。そうだ。特別に、ぼくのを見せてあげるよ。参考にするといい。とっても捗ること間違いなしだから。ほら、これを見て?」
成績最優秀者の勉強テクニックを参考にするのも悪くない。
そう思いながら、鷹塚さんの手元に視線を移そうとするんだけど、オレの視線は単語帳がある手元より前で止まってしまった。
鷹塚さんが着ているパーカーのファスナーは、さっきまでぴっちり上まで上がっていたのに、今は胸元まで下ろしてあって、そこから見えるのは、どう考えても中に何のシャツもまとっていない白い肌だったのだから。
正確に言えば、思ったよりずっとふっくらとしている胸の谷間だ。
これ、もう少しファスナーが降りたら、頭頂部まで見えちゃうんじゃ……。
「ふふ、どうしたんだい? 遠慮しないで。もっとじっくり見て参考にしなよ?」
この人は、いったいオレに何を捗らせようっていうんだ!
強い意思をもって突っぱねたかったんだけど、オレの下半身からやってきちゃう衝動が冷静さを押し流してしまっていた。
「ぼくは普段、キミを参考にして捗らせてもらっているからね。これくらいのお返しはしないと」
いったいオレの何を参考にして捗っているっていうんだろう?
答えが怖いから、絶対突っ込まないけど!
「なに、そんないい単語帳があるの? 私にも見せて」
興味を示す岩渕さん。
大本命の岩渕さんが真横にいながら、鷹塚さんにドキドキしちゃうなんて……これじゃ浮気も同然だよ。付き合ってないけどさ。
「やだよ。岩渕に見せるようなモノなんて何もないからね」
「えー、秒で覚えられる単語集持ってるんでしょ?」
「そんなものない。なんでも裏技があるとは考えないことだね」
「ふーんだ、ケチケチしちゃって。あれ? 葉山くん大丈夫? 顔赤くない?」
「だ、大丈夫! 座りすぎてちょっと酸欠になっただけだから!」
「座って酸欠になんかならないでしょー」
無邪気に笑う岩渕さん。
「いいや、絶対ないなんてことはないはずさ。葉山くん、試しに立ってみるといい。ぼくらは今までここに密集して勉強していたんだからね。お互いに酸素を共有しすぎてしまったのかもしれないよ」
「た、立つ必要はない……かな?」
「おやおや、立ちたくない事情でも?」
「もう! 鷹塚さんは! もう!」
抗議の意味を込めてオレは、相撲の突っ張りでもするみたいに鷹塚さんの肩にタッチする。
その隙にこっそり鷹塚さんのファスナーをきっちり上まで上げておっぱいを隠すことに成功した。
「葉山くん、いい?」
「どうしたの、岩渕さん?」
「葉山くんが言ったところ、解き終わったから見てほしいんだよね」
「あっ、うん」
こんな状況でも真面目に勉強していた岩渕さんに申し訳なくなる。
「あーあ、満足した。ぼくはちょっとトイレに行ってくるよ」
立ち上がった鷹塚さんが、玄関の方へ去っていく。
やれやれ、やっと落ち着けるよ。本当に油断ならない人なんだから。
さて、岩渕さんの出来は……と。
「葉山くんは、やっぱり鷹塚さんと付き合ってるの?」
「ええっ!?」
解答を書き込んでいるノートに丸印を付けていた手が滑って、円の形がいびつになってしまう。
「えっ、そんな驚く? だって、昼休みになると二人きりで校舎裏にいるしー」
うーんと、と考える仕草をする岩渕さん。その姿自体はとっても可愛いんだけど……。
「今もこうやって、お部屋にご招待してくれてるじゃん。葉山くんは男の子だし、相当仲良くないとそんなの無理じゃない?」
「そ、そんなことないんだよ」
一番勘違いされたくない人に勘違いされそうになっているオレは、焦りに焦っていた。
「確かに鷹塚さんとは友達かもしれないけど、鷹塚さんはオレで遊んでるだけだから。恋人同士とは全然違うんだ」
「そうなんだ」
岩渕さんは、シャーペンを鼻と唇の間で挟んでヒマそうにしていたから、ひょっとして興味ないのかな? って思ったんだけど。
「ならよかった」
「えっ?」
「あっ、採点終わってんじゃーん。どうだった?」
「えっと、さっきより正答率高くなってるよ」
「おー、やった! 思った通り、普段とは違う環境だと勉強捗ったね!」
「そうだね。慣れない場所だからいい感じに緊張感が生まれてるのかもね。でも、ここまでできるとは思わなかったから、岩渕さんの頑張りはオレの想像以上だよ」
やっぱり、バスケに打ち込んでいる岩渕さんなだけあって、一度集中すると凄い力を発揮できるみたい。
「でへへ、そうかな? この調子だと百点満点もワンチャンありますわな」
わかりやすく図に乗ってる岩渕さんもアホ可愛いな、なんて思ってしまう。
「おまたせ。ちょっとの間二人きりだったけど、なんか面白いことした?」
鷹塚さんが、人数分のグラスを乗せたトレイを手に戻ってきた。
「葉山くんから、勉強できる子だって褒められちゃったっすわ」
「ん? どっちのお勉強かな?」
「どっちもなにも、今ここでやってる勉強以外に何があるの……」
本当に油断ならない鷹塚さんだよ。
「はい、これ。マテ茶を持ってきてあげたから飲んでいいよ」
鷹塚さんからの親切なだけに疑ってしまうんだけど、せっかくなのでありがたくいただくことにした。
その後勉強を再開する。
流石に鷹塚さんも学年一位の座を守りたいらしく、その後は真面目に勉強を続けていた。それだけじゃなくて、オレの説明不足のせいで岩渕さんがいまいち理解できていないところも補足してくれて、勉強を手伝ってくれた。
やっぱり、根っこのところでは面倒見のいい性格をしているんだろうな。
そういえば。
岩渕さんがぽそっと何かを言ったような気がしたけど、なんだったっけ?
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