第58話 手負いの王子様
鷹塚さんのマンションにやってきたのは、勉強会のとき以来だ。
改めて見ても、やっぱり広いよなぁなんて思ってしまう。
家の中には入れてくれたけれど、さっさと背中を向けてしまう鷹塚さんを追って、二階にある鷹塚さんの部屋に入る。
「あんまりじろじろ見ないでくれよ」
せっかく入れてくれたのに、鷹塚さんの機嫌を損ねて追い出されたら困るから、できるだけきょろきょろしないように気をつける。女子の部屋だしね。オレの目的は女子のお部屋訪問じゃなくて、鷹塚さんのサポートだ。
来る途中に買ってきたマスクを着ける。久々の感触に妙な懐かしさを覚えてしまう。
「悪いね。もっと薄手のパジャマ姿だったら、ボタンを2つ3つ開けてキミをドキドキさせられたのに」
「い、いや、それは別に……」
鷹塚さんのパジャマはTシャツにスウェットパンツ姿。色気には欠けるかもだけど、別にオレの目的はそこにはないから……。
「それで、キミはぼくをどう看病してくれるっていうのかな?」
ベッドに腰掛けて、鷹塚さんが言う。
いつもどおりの鷹塚さんの雰囲気なんだけど、顔に熱を持っている感じがあって、息が荒くて、なんだか辛そうだ。
それでも鷹塚さんは、いつも通りの『王子様』でいようとしている。
「とりあえず寝ててくれればいいよ。ここはオレに任せて」
オレは力こぶをつくるようなポーズをする。
「妹たちには事前に伝えてあるし、ご飯の準備もしてあるから、今日は夜までオレを自分の手足と思ってくれていいからね! 何かしてほしいことがあったら、何でも言って!」
「なんでもか……。風邪は、誰かに感染すと治りやすいって聞くよね?」
「え……」
「キミ、ぼくと粘膜接触しない?」
「もう、バカなこと言うくらいなら寝ててよー」
「バカなことじゃなくて、本気だけど」
ベッドに引っ張り込もうとする鷹塚さん。
でも、いくらオレより力が強くたって、今の鷹塚さんは風邪で弱っているのだ。
ふらっ、とベッドに倒れてしまう。
「ほら、病気なのに無理するから」
「別に、これくらい平気さ……それより……粘膜接触を」
「寝てないとダメだよ」
「いや、病気のときこそ生存本能が活発に働いて性欲が増すんだ。今日は120%のぼくをキミにお見せするよ……あっ」
「顔色悪いから、無理して喋らないで。ほら、これどうぞ」
ドラッグストアで買ってきたひんやりシートを鷹塚さんのおでこにのせる。
「おかゆなら食べられるよね?」
「キミが持ってたエコバッグは、そのための?」
「うん。それと、二、三日分の食べ物を作り置きしておこうと思って」
「……そんなの、ウーバーで事足りるんだけどね」
「外食は油が多いから、体調悪いときは避けたほうが良いよ」
「……本当にキミは、母親以上に母親だよ」
「『お嫁さん』からさらに上に行っちゃったかー」
「嬉しそうだね。キミは、お嫁さん呼ばわりされて満足なの?」
「初めは恥ずかしかったけど、今はそうでもないよ。こんなオレでも褒めてもらえることがあるってわかったからね」
「そんなこと言ってるけど、キミは『お嫁さん』なキャラを演じていないと、クラスメイトに溶け込めないからそうしているだけじゃないの?」
妙にトゲのある言い方をする鷹塚さんだ。
体調が悪いせいなのかな?
「うーん、確かにそれもあるんだけど」
まあ、そういう立ち位置なオレだからこそ、陽キャなクラスメイトが仲良くしてくれることは事実なのかも。
「でも、オレが何かをして、それで相手が喜んでくれるなら、別にそれが演じてるキャラかどうかなんてどうでもいいんだよね。そのときオレも嬉しいって感じるのは、本当のことだしさ。だから仲間外れになっちゃうとかはあんまり考えないかなー」
「……そういうものか」
「うん。オレにできることがあれば、それが何であっても嬉しいから」
きっと、今のクラスメイトがいい人ばかりだからそう思うのかもしれない。
「お人好しだなぁ、キミは。仏に見えるよ」
「そうかなー。オレは妹たちのこと好きだけど、美月にカーフキックされたらイラってするし、海未がなんでもないときに突然大泣きしたら、なんでこんなときに泣くの? って思っちゃうよ。結構人間小さくない?」
「でもキミは、それでも見捨てずに面倒を見るんだろ」
「そりゃあね。家族だから」
「……今のキミは、ぼくからすれば眩しいよ」
鷹塚さんはベッドにもぞもぞ潜り込んでしまう。
やっぱり体調不良だから、いつもよりずっと弱気みたいだ。
これは、しっかり食べて栄養をつけてもらわないといけない。
「待っててね。すぐにおかゆつくってくるから」
オレは、鷹塚さんに布団をしっかり掛けて、部屋を出ていく。
鷹塚さんのために、頑張っておいしいおかゆつくらないとね。
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