第26話 仲良しビデオレター

 昼休み。

 鷹塚さんから、体を体で洗う展開をぶちかまされようとも、オレは今日も鷹塚さんのためにお弁当を持ってきていた。


「うん、美味い。休日はキミに会えなくなくて寂しいけど、キミのこの味も恋しくなってしまうよね」


 手軽に栄養補給できる食事ばかりしていたわりには、鷹塚さんはオレのお弁当を素直に褒めてくれる。

 やっぱり、食にこだわりがないなんてウソだったのかな。本当はちゃんとしたものが食べたいけど、何らかの事情があってできなかったり?


「ぼくは嬉しいよ。結婚すれば、毎日この味を楽しめるんだ。待ち遠しいよね」

「結婚前提で話を進めないでよー。まだ好きになってもいないのに……」

「どうして? この前の合宿で、軽く体の関係にはなっただろ?」

「むしろあれで鷹塚さんの心証が下がった感すらあるよ……」

「おかしいな。キミの妹たちから好かれたと思ったら、キミからは悪く思われるなんてね。キミが合宿なんかに出かけたあの日は極端な一日になってしまったみたいだ」

「え? 一日? 鷹塚さんが妹たちと会った日と、合宿の日は全然別の日でしょ?」

「ああ、キミにはまだ話してなかったっけ? ぼくがキミのところへ行くのに、夜まで掛かってしまった理由」


 そういえば、毎日何かとしつこくくっついてくる鷹塚さんが夜まで大人しかったのは気になっていたところだったんだけど……。


「ぼくには大事な用事があってね。その証拠がこれさ。まあ、見てくれよ」

「え? スマホ?」

「動画に残しておいたから、ここから先はキミ自身の目で確認してくれ。さあさあ」

「嫌だなぁ、変にグイグイ来ないでよ……」


 古の攻略本みたいなことをいい始めた鷹塚さんを不審に思いながらも、オレはスマホを手に取ってしまう。


 一分程度の短い内容の動画は、こんな感じだった。


「やぁ、葉山くん。見てる~?」


 自撮りする鷹塚さんが手を振っていて、その背後に映っているのは、見慣れた部屋……。

 こ、これ、オレの家!?

 どうして鷹塚さんがオレの家に!?


「今から~、キミの大事な妹たちと楽しく遊んじゃうよ~」

「なーなー、れお~。向こうで一緒にゲームしようぜ! こっちこっち、あたしの部屋来て!」


 鷹塚さんの腕を引っ張って、満面の笑顔を見せているのは、美月みつきだ……。

 どうして? オレの手をこんなにも引っ張って何かをねだったこと、最近じゃ全然なかったのに……。

 しかもいつの間にか、鷹塚さんを下の名前で呼んでるし……。


「はいはい、ぼくは一人しかいないんだから、あまり引っ張ったらダメだよ? ちゃんと遊んであげるから、もう少し待っててね」


 鷹塚さんが美月の頭を撫でる。

 すると、いつかの喉元をこちょこちょされた野良猫みたいに、気持ちよさそうに微笑む美月がいた。


「安心して、全部をぼくに委ねてくれていいからね」


 とても含みのある笑みをカメラ……つまりオレに向けてくる鷹塚さん。

 スマホのカメラが、今度は座りながら見上げている海未うみの姿を映す。


「おうじさま、おうじさま」

「はいはい、キミの王子様はここだよ?」


 興奮気味に鷹塚さんを見上げる海未に手を伸ばす。

 海未は何の疑問もなく、鷹塚さんの手を握った。

 なんで……海未って人見知りだから、大して面識がない人の手を握り返すなんてこと、今までしたことないのに……!


「じゃ、海未ちゃんも一緒に行こうか?」

「えー、そいつもいんのかよー。海未はすぐ泣いてゲームの邪魔するからヤなんだよなー」

「こらこら、そんなこと言ったらダメだよ。それに、泣いてしまうのは美月ちゃんにも原因があるんじゃない?」

「なんでだよー、あたしには関係ねーもん」

「いいや。構ってくれないのが寂しいのさ。ああ、ちょっとこのスマホを持って、カメラをこっちに向けてくれるかい?」


 撮影中のスマホは美月の手に渡ったのか、鷹塚さんを見上げるアングルになる。

 鷹塚さんは、海未を抱っこしていた。


「抱きしめながらでも、コントローラーは握れるだろ? 試しに膝の上に海未ちゃんを乗せながらゲームしてごらんよ。喜んでくれるから」

「ほんとかよー。……でも、れおが言うんならそうなんだろうな!」

「ふふふ。じゃ、部屋に行こうか」


 そして再び、スマホは鷹塚さんの手に渡ったのか、微笑む鷹塚さんの表情を大写しにしていた。


「じゃ、そんなわけで。ぼくはキミの妹たちと楽しんでくるから。この場にキミがいないことが残念でならないよ。ぼくはキミとだって、楽しみたかったんだから」


 動画の再生が終わり、オレは呆然としたままスマホを鷹塚さんに押し付けた。


「これ……なに?」

「何って。単にキミの大事な妹たちと仲良く遊んだだけさ。微笑ましい光景だろ?」

「そんな……美月も海未も、オレといるより楽しそうじゃないか……」

「そりゃ毎日のように顔を合わせているキミと、レア度の高いぼくとでは、喜び方は違うよ」


 そうか……? 本当にそうなのか……?

 オレよりもずっと、鷹塚さんに心を許しているからじゃないのか!?


「脳が……脳が破壊されそうだよ……!」

「キミも変なことを気にするんだね」


 半眼になり、すすす、と距離を詰めてきた鷹塚さんが、オレの耳元で囁く。


「キミの大事な二人の妹さんから認められているんだ。お墨付きをもらった以上、ぼくを避ける理由なんてないと思わない?」


 こいつ……外堀を埋めるためにわざわざ……。


「美月ちゃんも海未ちゃんも、本当にいい子たちだよね。ぼくにもわけてくれよ」

「う、うちの妹たちはあげないからね!」

「ふふふ、残念だなぁ。まあいいさ」


 鷹塚さんは、オレの手を握って、唇が触れ合いそうなくらい迫る。


「キミをモノにすれば美月ちゃんも海未ちゃんもぼくの義妹になるんだから」


 そのまま唇にちょこんとキスされてしまう。


「キミごと全部、もらっていくからね?」


 恥ずかしがるのを忘れるくらい、鷹塚さんを前にして完全なる敗北を喫したオレは、しばらくの間気力を取り戻せなくなってしまうのだった。

 やっぱり鷹塚さんなんて……嫌いだ。

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