第四章

第27話 冷静になってみると

 夕食が終わったあと、オレはキッチンで洗い物をしていた。


「なーなー、あにきー」


 そんなオレに声を掛けてきたのは美月で、オレの袖をクイクイと引っ張ってくる。


「どうしたの?」

「れお、次いつ来る?」


 大事な妹の口から、鷹塚さんが出てくるの、なんかイヤだなぁ……。


「また言ってる。よく知らない人を家に上げちゃダメだって、昨日よく言って聞かせたでしょ?」


 鷹塚さんという危険人物から妹たちを守るため、そして、将来ろくでもない人に引っかかってしまわないようにするために、オレは美月と海未の前で滾々と説教をしたのだ。


「じゃあ、あにきが一緒のときならいいんだろ? あにきがれおを連れてくればいいだけじゃねーか」

「いいや、連れて来る気なんてないし、二度とうちの敷居はまたがせないよ……オレがさせない」

「んだよー、ケチくせぇこと言うなよ。あにき、性格悪いぞー」

「美月と海未を守るためには、仕方がないんだよ」

「はぁ? 何言ってんだよ。それならなおさら、れおを呼ばない意味がわかんねーよ」


 マズイなぁ。すっかり鷹塚さんに洗脳されちゃってる。

 大事な妹をこんな目に遭わせるなんて……鷹塚さん、許すまじだよ。

 こうなったら、いかに鷹塚さんが悪い人なのか、しっかり教えるしかないよね。


「あのね、美月は知らないだろうけど――」

「あにきはなんか誤解してるみたいだけど、女バスの手伝いで家を留守にするっていうから、心配してれおが来てくれたんだぞ?」

「えっ、心配……?」


 それはおかしい。鷹塚さんは、オレのメンタルを削ることに懸命な人だ。そうやって体力を減らすことができればオレをゲットしやすくなるというポケなモンみたいな発想で動いているのだ。だから、心配なんて理由で助けてくれるはずがないんだけど……。


「そうそう。うちらが寂しがってると思ってくれたんだろうな。うちらが眠くなるまで、一緒に遊んでくれたよ。あにきは、それの何が不満なんだよ?」


 確かに、美月からすれば、やたらと鷹塚さんを悪く言うオレの方こそ悪者だろう。

 だって、本当にただ楽しく遊んでいただけなのだろうから。

 それは、鷹塚さんに見せられた動画からだってわかったはず。美月はまだ幼いけれど、相手に悪意があるとわかればすぐ見抜ける。

 それならここでオレが意固地になっては、美月の気持ちがますますオレから離れて鷹塚さんの方へ行ってしまうだけだ。


 鷹塚さんの目的はよくわからない。オレをモノにするために外堀を埋めようとしただけなのかもしれないし、実は本当に面倒を見てくれただけということもある。

 少なくとも今は……鷹塚さんのことを悪く言うべきじゃないのだろう。

 それはわかってるんだけど、それでも何だかモヤッとしてしまうのはきっと……。


「……そう、だよね。ごめん、なんか意固地になっちゃって。オレ、きっと二人を鷹塚さんに取られちゃったみたいで熱くなってたんだ」


 オレが鷹塚さんに妬いてしまっているからだ。

 冷静になろう。熱くなったらいけない。


「取られたってなんだよ。変なこと言うあにきだなー」

「だって! 美月がオレの前では見せないような笑顔をしてたんだよ!? 鷹塚さんが撮った動画見たよ! あんなデレデレしちゃって、お兄ちゃんとしてはショックだよ!」


 うん、冷静になりきれなかったよね……。


「は、はぁ!? べつにあたしはそんなデレデレしてねーし! ていうか、あにき、そんなこと気にしてたの?」

「……そうだよ。だって、美月と海未の面倒をずっと見てきたんだから。家族とか仲の良い友達以外と滅茶苦茶楽しそうにしてたら寂しくもなるよ」

「あにき、うちらのこと好きすぎね?」

「そりゃ好きだよ」

「そ、そういうことはもっと照れて言えよな! まっすぐキラキラした目で言うんじゃねーよ!」


 真っ赤になった美月は、頭でオレの背中をぐいぐい押してくるのだが、やがて腕を伸ばしてきたかと思うと、するりと手をオレの手のひらに滑り込ませてきた。


「ほら、これで満足か?」

「み、美月?」

「ふん、手を繋ぐくらいであにきをろーらくできるなら、いくらだってやってやるぜ。あたしに好きでいてほしかったら、毎日晩飯にはハンバーグを用意しな。手ごねのやつな」

「毎日は無理だよ。ちゃんと栄養バランスを考えて献立決めてるんだから」

「けちけち言うな。そういうとこだぞ」


 ふんす、と鼻息荒く胸をそらす美月だけど、この調子だと、これ気づいてないよね。


「美月、この手の繋ぎ方だと、恋人繋ぎになっちゃうんだけど……意味わかる?」

「わっ! そ、そういう意味じゃねーよ!」


 きもっ、きもっ、と言いながら、オレの背中をぽんぽこ叩いてくる我が妹。

 痛みを感じながらも、恋人繋ぎの意味知ってるんだ……などと変なところでショックを受けちゃうオレ。だって美月は、年頃の女の子かもしれないけど、男子に混じって遊んでいて、恋愛に興味を持つのはまだ先かと思っていたから。


「んもー、ばかあにき!」


 捨て台詞を吐きながら、二階へと上がっていってしまった。


「痛たた。美月はすぐ手が出るんだから……」


 残りの洗い物を片付けると、一休みするために居間のソファにゆったりと腰掛ける。


「明日の夕ご飯……手ごねのハンバーグにしてやるか……」


 たまには、妹の機嫌取りをしたっていいよね。

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