第3話 学校一モテる人

 昼休みになった。

 昼休みの大半を、オレは一人で過ごす。

 校舎裏によく集まってくる野良猫に餌をやりたいからだ。

 彼らを見ながら、ゆっくりお昼の時間を過ごすのが、オレのささやかな楽しみってわけ。

 親切なクラスメイトの誘いを断るのは心が痛いけれど、校舎裏の猫を放っておく気にもなれないから。

 だからこの日も、自分で用意したお弁当と、猫用の餌が入った袋をぶら下げて校舎裏へ向かっていたんだ。


「あ、あの、玲緒れおさま、こんなところまで呼び出してごめんなさい……」


 人気のない廊下の窓際を歩いていたとき、窓ガラスの向こうの中庭から知らない女子の声が聞こえた。

 声のする方を向いたとき、緊張感あふれるその光景から、今何が行われようとしているのかすぐにわかった。


 これ、告白だ……。

 オレは窓の向こうから見つけられてしまわないように、頭の位置を低くする。

 急いで立ち去ってしまわなかったのは、どうしてだろう? 他人のプライバシーを覗き見するなんて、絶対にやっちゃいけないことなのに。

 もしかしたら、告白されている相手が、クラスが違うオレでも知っている有名人だったからかもしれない。


「気にすることないよ。キミにどれだけ勇気が必要だったかは、ぼくにもわかるから」


 低くしっかりしていて、凛として澄んだ声が響く。


「やっぱり、あの告白されてる女子の方は、うちの学校の『王子様』か……」


 どの学校にも、モテる生徒の一人や二人いるものだけれど、うちの学校で一番モテ

る生徒といえば、彼女を置いて他にいなかった。


 けれど、彼女――鷹塚たかつか玲緒れおさんは、ちょっと特殊なモテ方をしていた。

 同性から圧倒的にモテているのだ。

 毎日のように告白されているらしいけれど、そのどれもが女子生徒。


 実際、鷹塚さんは中性的で、同性でも好きになっちゃうよなっていうイケメン女子な見た目をしていた。

 今日も耳元では、銀のピアスが輝いている。

 今はフルジップパーカーを羽織っているのだけど、それでも細身とわかるスラリとした長身だった。まるでモデルさんだ。でも、ファッションモデルやってます、って言われてもノータイムで信用してしまえるくらい、綺麗な女の人だった。


 もちろん、オレの本命は岩渕さんなんだけどね。


「……あれだけモテるわりには、誰かと付き合ってる感じはないけど……かといって、男子と一緒にいるイメージもないんだよね」


 真相は不明だけれど、鷹塚さんって何かと女の子に囲まれているわりには、どことなく孤高の雰囲気がある。

 女の子たちからすれば、そういう雰囲気に惹かれているのかもしれないけど。


「わたし、玲緒さまのことが好きなんです! だからわたしと……付き合ってくれませんか?」


 告白している女の子はオレよりずっと勇気があるみたい。ついつい応援してしまう。

 一方の鷹塚さんは、神聖な絵画みたいに絵になる顔の上に、穏やかな微笑みを湛えると。


「ありがとう。キミの言葉はすごく嬉しいよ」


 まさか、カップルが成立しちゃうのかな?


「でも、ごめんね。ぼくには好きな人がいるから」

「……」


 言葉を失ってしまう女の子。


「だから、キミとは恋人になれないんだ」

「そう……ですか……」


 断られた女の子の沈んだ表情を見ていると、オレの方まで落ち込んできてしまう。

 女の子は今にも泣きそうだ。

 けれど、『王子様』のフォローは完璧だった。

 鷹塚さんは、女の子にそっと近づき、涙を指先で拭うと。


「ごめんね。泣かないで」


 そう言って、抱きしめた。


「ぼくはキミと恋人同士にはなれないけど、大事な友達でいることはできるから。好きって言ってくれて嬉しかったよ。ありがとう」

「い、いえ! 私の方こそ急に変なこと言ってごめんなさい!」

「ううん。キミはすごく勇敢なことをしたんだ。これからも、今のままのキミでいてくれると嬉しいな。いつか絶対素敵な出会いがあるはずだから」

「は、はい……がんばりましゅ……」


 女の子はすっかり気を取り直したようだ。頬は上気し、熱に浮かされたような顔をしている。

 やがて二人は中庭から立ち去っていく。


「――って、オレは何をじっくり見てたんだ! 覗きなんてしちゃっても~オレったらダメなヤツ!」


 急に後ろめたさに襲われて、その場できりもみ回転したくなる。


「でも、そっか。鷹塚さんにも好きな人がいるのか」


 圧倒的な支持を受けながら、孤高の『王子様』にも、恋する相手がいたのだ。


「人気者は孤独だっていうけど、好きな人がいるなら、そうでもないのかも」


 鷹塚さんのことは、一人の人間として尊敬している。

 以前、こんなことがあった。


 ガラの悪そうな男が正門前までやってきて、とある女子生徒と揉めていた。

 一体二人の間に何があったのかわからないけれど、女子の方はほとほと困り果てていた様子で、明らかに助けを求めていた。

 放課後の一幕で、周囲にたくさん男子生徒がいたはずなのだが、みんな見て見ぬふり。

 別に責めるつもりはない。オレだって、足がすくんで動けなかった一人なのだから。

 そんな中でも、鷹塚さんは違った。

 女の子が困っていると見るや、すぐさま二人の間に割って入ると、男から話を聞き、ふんふんうなづいたと思ったら、突然男を一本背負いでぶん投げて気絶させてみせたのだから。


「二度とその子を泣かせるようなことはするなよ」


 そう一言だけ残して、颯爽と去っていった鷹塚さんは、後日ますます学校内最高の王子様としての名声を高めることになった。

 やっぱり、ヒーローになれるのはああいうときにちゃんと行動できる人間なんだろうなって思ったよ。


「……オレも、ああいう風になれたらなぁ」


 鷹塚さんは、手の届きそうにない遠い先の目標だ。

 でも、悪者退治とはいわないまでも、鷹塚さんみたいに目の前で悲しんでいる女の子を助けられるようにはなりたいものだ。

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