第21話 女子たちの優雅かもしれない食事風景
調理場での仕事を終えたオレは、配膳用のワゴンを食堂まで押していく。
「おまたせしましたー、お昼ごはんができましたよー」
食堂に足を踏み入れた途端、それまでおしゃべりをしていた女子たちの雰囲気が変わった。
飢えた獣の空気が食堂にほとばしる。
空腹の前には、男子も女子もないみたい。
新鮮な人間に群がるゾンビみたいに一斉に群がってきた。
「ま、待って! 順番に配るから落ち着いてください……!」
どうにか鎮めようとするオレ。
でも、それだけオレがつくる食事を楽しみにしてくれていたってことだよね。
本当はもっとガッツリ食べられるものをつくってあげたかったんだけど、あいにく練習は午後の部もある。昼食は、すぐエネルギーになって手軽に食べられるものじゃないといけなかった。
だから、まずは人数分×2のおにぎり。
そして、こっちがメインなんだけど、汗で失った塩分を補給できるように豚汁を用意していた。
調理場には家庭用とは違う業務用のキッチンがあって、大鍋を使うこともできたから、それを使った。プロ仕様の道具を使っている最中のオレは料理人気分で調子に乗っちゃった。
マネージャーさんたちと協力して、部員のみんなに料理を配っていく。ちょっと炊き出しの光景を思い出した。
「へへへ、葉山くん。おかわりは一人何回まで?」
ニヤニヤしながら大鍋を指す岩渕さん。お腹を空かせていることを一切隠そうともしない。そういう正直なところも岩渕さんの魅力。
「豚汁はたくさん作ってあるから、その辺は気にしなくていいよ」
「ありがてぇ。じゃ、大盛りで頼むぜー」
使い捨てのどんぶり型発泡スチロール容器に豚汁を注いで、岩渕さんに手渡す。
そんな調子で、部員のみんなに次々と配っていく。
昼食の時間が始まり、豚汁を口にしたみんなからはたくさんの好評の声を聞くことができた。
これで、午前の部の練習で邪魔しちゃったミスの借りを少しでも返せているといいんだけど。
そして、昼食の時間もそろそろ終わりというとき。
割り箸と容器のゴミを回収して周っていると、岩渕さんと数人が席に座ったまま何やら相談しているのを見かけた。
「ゴミの回収してるんで、この中にゴミ入れちゃってください」
回収用の大きなゴミ袋を広げるオレ。
けれどみんなは真剣な表情で議論をしていて、オレがゴミ袋を広げていることに気づいていないみたい。
「いや、私のだ」
「私のですよ」
お互い譲らず、揉めているらしい。
一体何をそんなに激しく議論しているのだろう?
きっとバスケに関係する何かだろうし、ここは邪魔にならないように先に他のテーブルのところから回収していった方がいいかなぁ、なんて考えているオレに気づいたのは、岩渕さんだった。
「ああ、葉山くん。ちょうどよかった。ねー、先輩、葉山くんに決めてもらいませんか?」
すぐ隣にいた、三年生の部員に声を掛ける岩渕さん。
「いいね。そうしよう。何より本人の意思が大事だから」
頷く三年生。確かこの人、部長さんだったっけ。
「えっと、何の話をしてたんですか?」
気になって尋ねるオレに、部長さんが答える。
「誰が葉山くんをお嫁にするべきか、徹底討論していたんだよ」
「えっ? お、お嫁……オレをですか?」
「ああ。君はよく気がつくし、料理も上手い。君がそばにいれば、私はベストパフォーマスを発揮できる気がする! だから私の嫁として、私を支えてくれない?」
「あの……」
どういう流れでこうなっているのか、ちっともわかりやしない。
そんなにおにぎりと豚汁がおいしかったのかな……?
「いい、葉山くん? もちろんクラスメイトのよしみで私を選ぶよね?」
岩渕さんを始め、その場でテーブルを囲んでいた女子部員から次々と謎に言い寄られてしまう。
オレのお手伝いっぷりを評価されることは嬉しいけれど……パートナーだなんだって言われたらもちろん岩渕さん一択。
でも、この場でそれを口にするのは、まるで告白でもするみたいで恥ずかしい。
「あの、オレ、みんな同じくらい支えますから……!」
日和見的意見に終止するオレ。
でも、ウソは言ってないよ。
お手伝いとはいえ、部の練習を間近で見学したら、みんな一生懸命頑張ってるんだなってわかったから。オレも少しでも支えになれるような何かをしたいと思ったんだ。
「まあ、そうだろう。なにせ『お嫁さんにしたいランキング』一位だ。そうやすやすと誰か一人のものになるとは思っていないよ」
なんか勝手に納得してくれる部長さん。
どうやらオレの肩書は三年生も知ってるみたい。まあ、文化祭のときは全校向けに大々的に発表されちゃったからなぁ。改めて考えると気恥ずかしいものがあるけれど……。
「でもあたし、葉山先輩をお嫁さんにできるなら、料理以外のサポートもしてほしいっすけどね~」
一年生らしい部員が言った。
座る様はやたらとふてぶてしい。
練習中に、何かと佐倉佐倉と呼ばれていたから、佐倉さんっていうのだろう。
それだけ目立ってたから、もしかたら女バス期待の大型新人なのかもしれない。
「料理以外のサポートって、たとえばどんなよ?」
岩渕さんが佐倉さんに訊ねる。
「まずはマッサージっすね。ほら、さっきの練習中だって、足捻った先輩をササッてテーピングしてたじゃないっすか? そのあとフツーに動けてて、葉山先輩のスキルやべーって思ったんすから」
「あー、ね。私もあれ凄いって思った。……葉山くんって、なんかそういう応急処置のこと勉強したの?」
「前にサッカー部の手伝いをしたことがあって。そのとき、あんまりケガの処置に詳しい人がいない感じだったから、オレが覚えておけば役に立てるかなって思って、独学でちょっとね」
「勉強熱心だな。素晴らしい」
部長が手を叩く。
「だから葉山先輩はマッサージも上手いはずっすよ。練習後のケア要員として一台ほしいっす」
「こらこら、葉山くんの単位おかしいでしょ。ロボかっつーの」
咎める岩渕さんは、佐倉さんの頬に人差し指をツンと突き刺す。
岩渕さん、部活の仲間相手だと結構ラフな態度なんだ。
教室で見かける、ニコニコしている姿とは違うけど、これはこれで岩渕さんの別の側面。レアな姿を見れたことに感動を覚えるオレがいた。
「先輩は、レンタルの貸出サービスとかやってないんすか?」
椅子に座ったまま、身を乗り出すようにしてオレを見上げる佐倉さん。
「先輩にならぁ、あたしの好きなところどこでも揉ませてあげちゃいますよ~。やっぱ先輩も男子だし、こことか揉みたくなっちゃいます?」
「えっと……」
「胸を揉むな、胸を。葉山くん嫌がってんでしょ」
岩渕さんに脳天チョップを食らわせられてしまう佐倉さん。
「ごめんね、こいつ生意気で。態度デカいんだわ」
「い、いや、いいんだけど……」
オレは頬に熱を感じてしまっていた。
だって、佐倉さんは薄手の白Tシャツを着ていて、透けないようにインナーだって着ているはずなんだけど、自分の手で胸を持ち上げたせいで、中のスポブラがほんのり透けるのが見えてしまったのだから。
「でも、先輩の顔が赤くなってるってことは、まんざらでもないってことですよね?」
「君の下品を前にして、他人とはいえ恥ずかしくなったんだろうよ」
部長さんもチクリと言った。
「えー、そうですかね? じゃ先輩、揉みたくなったらいつでもどうぞ」
「目的変わってんじゃん」
呆れる岩渕さん。
今年の女バスにはとんでもない新人は入ってきたみたい。
「あ、ごめんごめん。ゴミ回収してたんだね」
ようやく気づいたと言わんばかりの岩渕さんにつられて、他のみんなも袋の中にゴミを入れてくれた。
うーん、やっぱり体育会系なだけあって、女子と言えども話題がシモの方に行きがちなのかなぁ?
まあ、とりあえずは、みんなから評価してもらってるってことで……いいのかな?
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