第三章
第20話 助けに来たはずが、助けられちゃうオレ
日曜日。
三連休の中日だ。
オレは、学校の近くに建てられている、運動部用の合宿施設にいた。
体育館をメインとした小規模な学校みたいな造りのこの場所。
運動部でもないオレがここにいるのは、
女子バスケ部のお手伝いをするためである。
食事係として呼ばれたわけだけど、せっかくだしみんなの役に立ちたい。
そんな思いから、用具の出し入れや、ボール拾いみたいな雑用を積極的に引き受ける。
体育館での練習が一旦休憩となったとき、コートにぽつぽつ飛び散っている汗を拭くためにすいすいとモップ掛けをしていると。
「葉山くん、ありがとねー」
タオルを首に掛けて、ボトルを手にした岩渕さんに声を掛けられる。
それだけでオレのやる気は十分満たされるし、休日の、それも練習中の岩渕さんに会える幸福を噛み締めることになる。
来てよかった!
モップ掛けすら楽しくなるオレだが、浮ついてばかりもいられない事情があった。
鷹塚さんのことだ。
この合宿所は学校の近くにある。
何かの拍子でひょっこり現れて、またもしつこく言い寄られるんじゃないかと思うと、とても心配になってしまう。
連休の間も今のところ鷹塚さんがオレの前に現れたことはないけれど、ずっと大人しくしているとは思えないし……。
休憩時間は終わり、練習が再開される。
コートの中では、岩渕さんたち女バス部員が試合形式での熱心を始めていた。
練習中の岩渕さんは、見た目もいつもとちょっと違う。
普段は下ろしているセミロングの髪を後ろの方でちょこんと結んでいるから、白い首筋があらわになっている。教室で見かけるのとは違う姿を目にできただけで、お手伝いに参加して良かったと思えてしまった。
「わ、すごい」
チームの中心として躍動する岩渕さんを目の当たりにして、思わず声が出ちゃうオレ。
「す、すみません」
周りのマネージャーに頭を下げちゃうオレ。
みんなの役に立つためにここにいるっていうのに、たんなる岩渕さんファンと化したらみんなの迷惑に違いないから。
「いやー、わかるわかるって」「
それでもマネージャーのみんなは嫌な顔をしなかった。
「知ってる? 彩珠ちゃんってダンクできるんだよ?」
岩渕さんファンということがすっかり知られてしまったオレは、女子マネの一人から耳打ちされた。
「ええっ? 本当ですか!?」
「うん。流石に試合じゃ無理みたいだけどね。ディフェンスがいない遊びのときなんだけど、すっごい高く飛んでボールをドン! ってぶち込んじゃうんだから」
「へー、163センチでもダンクできるなんて、やっぱ岩渕さんは凄いなぁ」
「え、163? 彩珠ちゃんが?」
「? はい、岩渕さんがそう言ってて」
「あらら、身長の逆サバなんてね。彩珠ちゃんも女子っぽいところあるんだから」
結局、その女子マネさんは岩渕さんの実際の身長を教えてくれなかったけれど、どうも岩渕さんは163センチ以上あるみたい。
確かに、公称ではオレとあまり変わらない身長のはずなのに、見上げないと目線が合わなかったもんね……。それに、教えてもらったときはオレと視線を合わせないようにして答えていたし、なんだか歯切れも悪かった。実際の身長は170くらいあるのかもしれない。それでも、ダンクができちゃうのは凄い身体能力だなって思うけど――。
「危ない!」
誰かが叫ぶと同時、肌が粟立つ感覚がした。危険が迫る感覚が。
気がつくとオレのすぐ目の前にボールが迫っていた。
このままじゃ顔面被弾コース。でも、運動神経ゼロのオレのこと。とっさに回避することなんてできやしない。腕を上げて身を守ろうにも間に合いそうにない。
ボールがぶつかる痛みを覚悟したときだ。
パァン! と弾ける音がして、オレの目の前からボールが消えた。
誰かが手でボールを弾き出してくれたのだ。
岩渕さんだ。
けれど、飛びつくようにしてボールを弾き出したせいか、勢いを止めることができなかったみたいで、オレと衝突しそうになってしまう。
とっさにオレは、岩渕さんを受け止めるという選択を取った。せめて、オレがクッションの役割を果たすことで、ケガをさせずに済むように。
けれど、流石は岩渕さんだった。
器用な身のこなしで、両足で着地した岩渕さんは、すっかり倒れ込む気でいたオレの腰を支えて止めてくれた。
すぐ近くに額に汗を浮かべた岩渕さんの綺麗な顔がある。
端から見れば、フィギュアスケートペアの一幕のようなポーズになっていたことだろう。
「葉山くん、大丈夫だった?」
「だ、大丈夫。ごめん、オレがぼーっとしてたから」
「いいのいいの、葉山くんに怪我さえなければ」
体勢を正した岩渕さんは、ニコニコしながら言った。
「あ、でもあんまりコートに近づきすぎないようにね?」
「わ、わかった」
しまった。体育館の端っこで見守ろうとしていたのに、躍動する岩渕さんに夢中になって近寄りすぎちゃったみたい。
「今日はめっちゃ手伝ってくれてるもんね! いっぱいお世話になりっぱなしなのに、ケガさせちゃったら悪いから」
岩渕さんはニコニコしながらオレの肩をバシバシと叩くと、機嫌よく練習に戻っていった。
どんくさいオレのせいで練習を中断させることになってしまい、なんだか申し訳ない気分だ。
せ、せめてこれからは邪魔にならないようにしないと!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます