第31話 人気ナンバーワンと二人きりのサービス
「こちらがお客様のお部屋です~」
案内されたのは個室だ。
車両の客室みたいな小部屋にある赤いソファに座らされた。腰掛けているのにおしりが浮かびそうなくらいふわふわだ。
目の前には小洒落たテーブルがある。
「これから、お客様には当店の人気ナンバーワンスタッフがお相手をいたします~」
「人気ナンバーワンスタッフ?」
「はい。とーってもカッコいいんですよ~」
「はぁ……」
よくわからないけど、オレはこれから人気者のスタッフさんの接客を受けるみたい。
えっと、キャバクラ……みたいな感じで?
だとすると……ちょっと緊張するなぁ。これなら、やっぱり鈴木くんと雉田くんについていくべきだったかも。
お待ちくださいねー、と言って、ナース服のスタッフさんはいなくなってしまった。
「えー、何を話せばいいの~?」
ドキドキしながら待つことになる。
人気ナンバーワンってことは、綺麗な人に違いないんだろうけどさぁ。
緊張するオレは、広いソファに縮こまるようにして座ることになる。
「お待たせしました、お嬢様」
扉を開けて入ってきたのは、燕尾服姿の麗人だった。
黒い前髪は後ろに撫でつけられていて、宝塚の男役でもやっていそうな雰囲気で、オレは視線を合わせられなくなってしまう。
女性向けのサービスだから、お嬢様って言ってくれてるんだろうけど、オレ、お嬢様じゃないんだけどなぁ……。
そんな不満はあるけれど、言い返すには緊張しすぎてしまっていた。
滑り込むようにオレの隣に腰掛けたと思ったら、何の躊躇もなくオレの肩に腕を回してくる。
「お嬢様、可愛い顔をぼくに見せてください」
やたら距離感の近いスタッフさんは、オレの顎先に指を当て、そのままくいっと持ち上げてみせた。
「あ、あの、オレこういうところ初めてで……って、あれ?」
「やっとこっちを向いてくれましたね。今日のお嬢様は手が掛かるようだ」
「なにしてるの?」
「そんな顔はお嬢様に似合いませんよ? ほら、もっと微笑んで」
「やだよ。だって、鷹塚さんでしょ?」
麗人の正体は鷹塚さんだった。
前髪を後ろに流しているから、パッと見では気づかなかったけれど、よく見ると不本意にも最近見慣れた顔だったから。
「こらこら、雰囲気を台無しにしないでくれよ。もっとお客として素直に楽しんだらどうだい?」
「うん、もう帰るね?」
「どこへ行こうと言うのかな?」
まるで悪役みたいなセリフで、ソファから立ち上がろうとしたオレの腕を掴む鷹塚さん。
「キミはこれからしばらく、ぼくのサービスを受けないといけないんだよ? だって特別なお客様なんだから」
鷹塚さんの巧みな腕さばきで、くるくる回されたオレは、そのまま鷹塚さんの腕の中にすっぽり収まってしまう。
「ほら、なんでも注文していいんだよ? ぼくにどうして欲しい?」
「こ、ここは飲み物とか食べ物を注文する場所でしょ!?」
「それなら、ぼくを飲み物か食べ物と考えればいい」
「は?」
「キミは部分的にぼくを口に含むことができるだろ? あえてどことは言わないけれどね。キミの頭の中にちゃんと浮かんでいるはずだから。ほら、立派にぼくをいただいてしまえるわけ」
なんかこの店、鷹塚さんたった一人の手で一気にいかがわしいお店に早変わりしてない? 一人で風営法を破壊するなんてとんでもない人だよ。
「て、店長さ~ん!」
なんだか怖くなったオレは、オレよりフィジカルで勝る鷹塚さんから逃れることを諦め、人を呼ぶことによってこの窮地を切り抜けようとする。
「無駄さ。ここは防音の部屋だからね。泣こうが叫ぼうが、外には何も聞こえないよ、それに店長は今日留守だから」
相変わらず悪役な鷹塚さんだ。
「ふふふ、ごめんね。キミが来てくれたことが嬉しくて、つい意地悪してしまったんだ」
鷹塚さんに後ろから抱きかかえられたまま座るかたちになってしまった。
「そう怯えなくてもいいだろ? 運良くぼくの勤務中に来てくれた、特別なお客様のおもてなしをしたいだけなんだよね」
耳元で話しかけてくる鷹塚さん……。背筋がぞわぞわしてしまうんだけど、不思議と不快感がないのは、オレの体が鷹塚さんに浮気しちゃってるから?
「じゃ、じゃあ変なことはやめてよー」
「ん? 愛情表現は変なことじゃないだろ?」
「鷹塚さんの一方的な愛情表現じゃないか」
「ふふふ、そうかもね。なにせ、今はキミよりぼくの方が、キミのことを好きみたいだから」
「鷹塚さんは、よくそんなに好き好き言えるよね……」
「好意を素直に伝えることが、そんなに変かい? まあ、やたらとぼくを拒んで本命の子に操を立てようとするわりには、好きだと伝えることすらできないキミからすれば、変に思ってしまうんだろうけれどね」
グサリと来る言葉を突き刺してくる。
失敗することがわかっていて、それでも好きだと言うなんて……オレには、ちょっとできそうにない。
「それならぼくの好意を受け取る方が、ずっと楽だと思わないかい?」
なんだ、結局オレを口説き落としたいいつもの鷹塚さんか。
真面目に考えて損しちゃったなぁ。
「思わないよ。ていうか、鷹塚さんってここでバイトしてたんだね」
「ああ。軍資金稼ぎと、出会いの場さ」
「……同じ職場の人を好きになったら、色々面倒くさいこと起きない?」
「その辺は気をつけてるよ。ぼくもこの店は気に入っているからね」
「そうなんだ?」
「ここで働いている人や、お客としてきてくれる子もそうなんだけど、学校にいる女の子より節度ある年上の子が多いんだ。ある程度ぼくを放っておいてくれるから、これはこれで落ち着くんだよ」
鷹塚さんは、こんなだけど、学校の『王子様』として圧倒的な人気を誇っている。
それこそ、学校内で落ち着くことができる時間なんて、誰にも見つからない校舎裏にいるときしかないくらいに。
そんな鷹塚さんにとっては、この『ルアージュ』は、学校以外の生活における校舎裏のような存在なのだろう。
鷹塚さんって、欲望のままに振る舞っているようでいて、それが本心なのかわからないところがあるけれど、この場所を大事にしているのは本心なのだと、その雰囲気でわかった。
「だからぼくが声を掛けるのは、主にお客様さ。黙っていても好みの女の子がやってくる。いわば女の子ホイホイなこのお店のことを、ぼくはとても気に入っているんだよ」
「スタッフさんがナンパなんかしないでよ……」
うーん、やっぱり『ルアージュ』を気に入っているっていうのも、いまいち本心っぽくないのかも……。
「ん? なんだか部屋の外が騒がしいね」
「え、そうかな? オレには何も聞こえなかったけど」
「りりり、リョウ様、大変です~!」
血相を変えて部屋に飛び込んできたのは、オレをここに案内したナース服のスタッフさんだった。
「リョウ様?」
「ぼくのここでの源氏名みたいなものさ。それで、どうしたの?」
「じ、実はとても困ったお客様が来ちゃいまして……でも、店長は不在ですし、それでリョウ様に相談を」
「なるほど。それならぼくが行こう」
「だ、大丈夫なの?」
「平気さ。女性ばかり働いている店だと、ナメているのか横柄な手合いがたまに現れてね。これが初めてというわけじゃないから、キミは安心してここで待っているといい。事が済んだら、またキミのお相手をしてあげるよ」
鷹塚さんは、オレの額にキスすると、部屋から出ていった。
「……息をするみたいにキスするんだから」
しんと静まり返った部屋で、ぽつんとソファに座っているだけのオレ。
あくまで客だから、トラブル対応に付き合うことなんてないんだけど、顔見知りな鷹塚さんを放っておくのは悪い気がして、オレも部屋の外に出るのだった。
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