第32話 マナーの悪い客の最適な追い出し方

 店内は騒然としていた。

 店の奥のボックス席には、ガラが悪そうな男の二人組が座っていて、遠く離れたここからでも、なんだか迷惑なことを言っているなということがわかってしまう。

 二人組は大学生くらいの年齢に見えるけれど、本当に大学生かはわからない。


「ちょっと声掛けただけじゃん。それをこんなオオゴトにしちゃってさぁ。せっかく楽しく飲もうとしてたのに」

「そうそう。お客様は神様だろーが。この店、基本的なサービスがなってねぇんじゃねえの?」


 テーブルに足を乗せながら話す二人。本当にガラが悪い……。

 女性のスタッフが見守る中、真っ向から立ち向かっているのが鷹塚さんだった。


「お店の側にも、お客様を選ぶ権利があります。他のお客様のご迷惑になる方は、お帰りいただくことが私達のルールですので」


 鷹塚さんは毅然とした態度で対応を続けている。

 学校内でこれまたガラの悪い男に絡まれていた女の子を助けるために、一本背負いでぶん投げたことがある人だ。この程度に怯みはしないということなのだろう。


「おっ、葉山~。そろそろ帰ろうってなって、お前にライン入れたんだけど、反応なかったからそっち行こうとしたら、なんかヤバいことになっててさぁ……」


 雉田きじたくんと鈴木くんだ。


「ライン? ああ、ごめん、スマホ見る余裕なくて……」

「……このまま帰るのも、逃げるようで忍びなくてな」


 鈴木くんは、涼しい顔のままガラ悪男たちの方へと視線を向ける。


「いや、逃げるとかじゃないような……」


 きっと鈴木くんは正義感が強いのだろう。体格がいいから、やろうと思えば助太刀に入れるんだろうけど……。


「俺もそう言ったんだよ。店の関係者以外が関わると、逆に迷惑になるんじゃね? って」


 雉田くんの判断は間違ってはいないはず。

 下手に関われば、後々お客同士の揉め事という別のトラブルに発展してしまうかもしれない。

 それなら、お店のスタッフにトラブル処理を任せるべき。

 けれど、このお店には、コンセプトの都合上女性スタッフしかいないみたいだから、鈴木くんが言うように、スタッフに任せきりで帰ることに後ろめたくなる気持ちもわかる。

 ガラ悪男は、そういう状況を加味してあんな強気に出ているのかもしれない。


「いいじゃん、厳しいこと言わないでさ。それなら代わりに、君が相手してよ」

「そうそう。男みたいな格好してるけど、ここの店員なんだから女なんでしょ? よく見たら君、めっちゃ美人だし~?」


 ガラ悪男二人の悪ノリは勢いを増し、とうとう鷹塚さんに詰め寄る。

 身長では鷹塚さんの方がほんの少し高いけれど、男たちの方が横幅があった。取っ組み合いになれば、不利なのは鷹塚さんの方かもしれない。


「安心しなよ。おれたちがちゃんと君を女の子にしてあげるからさぁ」


 ぐへへ、とゲスに笑う男の手が、鷹塚さんの肩を掴む。

 鷹塚さんが男の手首を掴んだとき、殺気を感じたのであろう男は一瞬動揺を見せた。

 マズい。この前みたいに、ぶん投げる気だ。


 身を守るためには仕方がないことなんだろうけれど、これから警察なり何なりが来たとき、果たして正当防衛として認められるんだろうか?

 過剰防衛と判断されて、鷹塚さんが何らかのペナルティを受けてしまうのでは?

 この店は鷹塚さんにとって大事な居場所。

 もし、鷹塚さんが辞めないといけないような状況に追い込まれたら……。

 そりゃ、迷惑な存在かもしれないけど……妹たちのことで世話になっているのも事実。

 ここは借りを返すためにも……。


「ま、待ってください!」


 オレは、喧騒の最中に飛び込んでいて、鷹塚さんの盾にでもなるような立ち位置に割って入っていた。

 この小柄な体格じゃ、取っ組み合いなんて無理だけど。

 オレだからこそ、できることだってあるんだ!


「な、なんだよ……!?」


 突然知らない人が間に入ってきたからか、戸惑いを見せるガラ悪男二人組。


「お二人とも、そんなにナンパがしたいなら……」


 行け、オレ!

 羞恥心なんて、捨ててしまえ!

 腕力や体格差を活かした力技で解決できないオレには、この手しかないだろ!

 肩をすぼめ、顔を少しうつむかせ、ほんのり照れくさくなることを意識したオレは。


「代わりにを連れて行ってください!」


 メス化けを決め込んだ。

 鷹塚さんの身代わりになるために。

 ガラ悪男二人組がオレを連れ出した瞬間、交番に駆け込んで、警察の人にトラブル対処してもらうつもりだ。そう上手くいかなかったとしても、店の外に連れ出すだけでも意味はあるはず。

 この作戦は、ガラ悪男がオレに異性として興味を持ってくれないと成立しないんだけど、ほんのちょっとだけ自信があった。


 だってオレは全校生徒のみんなから『お嫁さんにしたいランキング一位』に選ばれた史上初の男。

 可憐な女の子的な何かを感じ取ってくれるはず!

 どうだ、オレの美少女演技は!

 今だけは、コンプレックスの低身長と女顔を存分に利用してやる!


「ふ、ふざけんじゃねえ!」


 激怒するガラ悪男たち。

 や、やっぱり無理かぁ……そうだよね、いくら女顔でも女の子と勘違いさせられるレベルじゃないよね。思い上がってました……。


「騙そうとしやがって! 男子の制服着てる女子がいるはずねえだろ!」

「え……」

「お、おい待て!」

「なんだよ?」

「最近はそういうのも流行ってる。女子でも男子と同じような制服を着てる子、見たことあんだろ?」

「そういえば、たまに見かけるような……」

「だろ? よく見ろ、こんな可愛い子、そうそうナンパで引っ掛けられない」

「……だな。今日はこいつでいいや」


 ぐへへ、ととっても嫌な笑みを浮かべる二人に両サイドから挟まれ、連れて行かれようとしたとき、オレの勇気は蛮勇でしかなかったと気付かされた。

 この二人、想像以上にガチだって。

 男二人から発せられる性に飢えた獣のオーラをぎゅんぎゅん感じて足がすくんじゃう。

 これじゃ警察に駆け込む前にひん剥かれちゃうよ!


 後悔しかけたその時だ。

 オレの動きを封じていたガラ悪男の一人が宙に浮いたと思ったら、背中から床に衝突した。

 まもなくもう一方のガラ悪男も同じ目に遭う。


「たちの悪いクソ客の2名様」


 仰向けに倒れて咳き込む二人の胸ぐらを、同時に掴む鷹塚さん。

 にこやかに微笑んで見えるけれど、突き刺すような鋭いオーラは気の弱い人間ならその場で泣き出しそうなほど怖い。


「ぼくの大事なお客様に手を出さないでもらえますか?」


 おふざけ一切ナシで、男二人に睨みをきかせる鷹塚さんを見たとき、オレに不思議なことが起きた。

 胸の奥で、ほんの少しだけどきゅんきゅんという不思議な音が響くのが聞こえた気がした。

 い、いや、何かの間違いだよ。

 鷹塚さん相手にきゅんきゅんするなんてありえないし……。

 これは助けてもらってありがとうって気持ちであって、決してときめいたとかそういうのじゃない。


「二人とも、次会ったときは覚悟してくださいね? この程度で済むと思わないでくださいよ」

「す、すみませんでした!」

「も、もう二度と邪魔しません!」


 自分より重い男二人を軽々投げた鷹塚さんの圧倒的な武力を前に恐れをなしたガラ悪男は、慌てて万札をポケットから引っ張り出してその場に置くと、競うように走って逃げ出した。


 騒然としていた店内に、安堵の雰囲気が漂い始める。

 ともかく、一件落着ってこと……かな?

 結局オレ、何も出来なかったな……。


「お客様、ちょっとこちらへ。大事なお話がありますので」


 鷹塚さんに肩を抱かれる。

 こめかみがヒクついていて、これはキレてるなってすぐにわかってしまった。

 弱っちいのに出しゃばったマネするなよ、とか怒られるんだろうなぁ。

 でも、助けようと思ったんだ、くらいのことは言おう。

 日頃お世話になってお礼だったんだって、ちゃんと伝えておかないと。

 まあ、その上で怒られるのは全然構わない。

 結局、邪魔しちゃっただけだしね……。

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