第54話 波乱の遭遇
その後、近くにあるショッピングモールへと向かい、そこのフードコートで昼食にした。
休日ということもあって、フードコートは超満員だったけれど、ちょうど目の前にいたカップルが席を立つタイミングに出くわすことができたので、座席探しに苦労することなく済んだ。
向かいに座った岩渕さんは、親子丼をたいらげたあと、デザートのクレープを口にしている。
「あっ、岩渕さん、ちょっとジッとしてて」
身を乗り出したオレは、手にした紙ナプキンで、岩渕さんの口の端にくっついたクリームを拭うのだが。
「ごめん、ついクセで……」
「妹さんにするのと同じ感覚で?」
オレは申し訳ない気持ちになって、恥ずかしくなった。同級生女子にすることじゃない。たとえ、普段美月や海未にしていることであったとしても。
「お母さんみたいな葉山くんだね」
岩渕さんは特に気分を害した様子はなくて、オレはホッとしてしまう。
「私、きょうだいは弟しかいないから、下の子の気分が味わえて新鮮だったよ。その辺、葉山くんは流石お兄ちゃんだよね」
岩渕さんが微笑む。
岩渕さんからお兄ちゃん呼びされたことが、妙に照れくさかった。
その後。
せっかくだしということで、モール内の専門店をぶらつく。
「寄りたいところがあるんだけど、いいかな?」
「いいよー。私の用事に付き合ってくれたんだもん。私も付き合うよ」
オレは、岩渕さんと一緒に食料品コーナーへやってきた。
「ちょうどお菓子作りの材料切らしてて」
「葉山くんって本当色んなお菓子つくってくれるよね。そういうの昔から好きだったの?」
「元々は、母さんが仕事でいない分、妹たちに寂しい思いをさせたくないって気持ちからだったんだけど、今はほとんどオレの趣味だね」
「私も葉山くんの妹になればよかったかなー」
それは困る。
岩渕さんと血縁関係だったら、恋人同士になれなくなっちゃうから。
いや、でもオレが岩渕さんと恋人同士になれる可能性なんて限りなく低いから、きょうだいとしてひとつ屋根の下の方がいいのかな……?
「そういえば、雉田の誕生日プレゼントは美味しいシフォンケーキつくってたよね。あれ、羨ましかったな。私のときもつくってくれたりしない?」
「いいよ、つくるつくる」
「私のときは、クリーム乗ったやつがいいな」
「放課後に一旦家に取りに行く時間くれるならいいよ」
「じゃあ、そのときはうちに来てもらっちゃおっかな」
岩渕さんの家で誕生会……?
魅力的すぎる提案に、今から待ち遠しくてたまらなくなった。
「――今日はありがとね。付き合ってくれて」
用事を済ませてモールを出て、夕焼け空の下で岩渕さんが言う。
「オレでいいなら、これからいくらでも付き合うよ」
「あっ、言ったね? じゃあこれからは軽率に誘っちゃうね」
のぼせ上がってるからか、いい雰囲気だと思ってしまった。
この日をもって岩渕さんの恋愛対象に入っちゃいました! なんて思い上がる気持ちは流石にないけれど、昨日よりずっと仲良くなれたのは確かなはず。
夕方の駅前は、オレより年上の人たちが待ち合わせ場所に使っていて、中にはカップルの姿もあった。
ていうか、カップルの数多くない?
オレもモールに用事があるときはここまで足を伸ばすけど、普段こんなだったっけなぁ、なんて不思議に思っていると。
「葉山くん、木を隠すなら森の中って言葉知ってる?」
「え? 知ってるけど、それがどうしたの――」
「こうするの」
ニヤッとしたと思ったら、岩渕さんはオレの腕に自分の腕を通していた。
腕を組んでしまった。
オレは全身が湧き上がるような熱さを覚え、目の前の岩渕さんはというと、夕焼けのせいかのかなんなのか、ほんのり顔が赤かった。
「……」
ていうかこれ、恥ずかしがってない……?
「だ、大丈夫? 無理してない?」
「ぜ、全然平気……!」
「いや、いつもの岩渕さんじゃないよ。オレ、岩渕さんの気遣いが嬉しいからさ、ほら、歩き方もなんかギクシャクしちゃってるし、転んだら大変だよ」
右手と右足が同時に出てしまっている岩渕さんがバランスを崩してしまわないように、オレは立ち止まる。
「そこまでしてくれなくても、今日のお出かけは本当に楽しかったから」
「ほんと?」
「ほんとほんと」
「……実は、こうやって男子と出かけたことなかったから、どうしていいかわからないこともあって不安になってたんだ」
照れくさそうにする岩渕さん。
「でも、合ってたんならよかった」
部活中のカッコいい岩渕さんも好きだけど、こうしていかにもな女の子っぽい岩渕さんも好きだなぁ、なんて再認識する。
唐突に始まったこの日のお出かけだけど、来てよかったと思えた。
いい気分になって、さあ改札へ向かおうとなったとき。
見覚えのある人が目の前にいたんだ。
「葉山くんと……岩渕?」
鷹塚さんだ。
なんでこんなところに……なんて思うんだけど、地元の人なら遊びや買い物で寄るのはこの駅前だから、休日に鷹塚さんがいたところで何もおかしなことはない。
鷹塚さんが驚きに目を見開いたと思ったのは、見間違いかと思えるくらい一瞬のこと。すぐにニヤニヤとした表情をし始める。
「まさか二人がデートする現場に出くわすとはね」
「買い物に付き合ってもらっただけだよ」
岩渕さんは、右手の紙袋を掲げて示す。
「そうだよ。岩渕さんが使うバッシュを選んでたんだから」
「がっつり腕を組んでおいて、それは通らないんじゃない?」
「こ、これは……」
岩渕さんとお互いに手を離す。
「まあ、ぼくからすればどっちでもいいんだけどね」
「そ、それより鷹塚さんこそどうしたの? 大丈夫? 学校休みっぱなしみたいだけど……」
「別に。退屈だから行かないだけだよ」
おかしいな、と思った。
鷹塚さんのモチベーションは、オレをモノにすることにあると思ったから。
退屈を感じているということは、オレにはもう飽きたってことなのだろうか?
なんだろう。どういうわけか寂しい。
確かに、鷹塚さんと関わるようになったばかりの頃は、ひたすら迷惑なだけだったけれど、ここ最近の出来事のおかげで、鷹塚さんが悪い人じゃないってことはもう十分にわかっている。
なんなら、仲良くなれたことを嬉しく思えるほどだった。
だからこそ、突き放すような物言いが気になってしまう。
「じゃあね、ぼくは忙しいから」
「あっ、待って……」
引き留めたとして、オレはなんて言えばいいのだろう?
結局、鷹塚さんはさっさと雑踏の中に消えていってしまった。
「葉山くん、なんかごめんね……」
「えっ、どうして?」
「だって、鷹塚さんを勘違いさせちゃったみたいだから。葉山くんは鷹塚さんと仲いいし、鷹塚さんからしたら面白くないよね」
「えっと、だからね?」
鷹塚さんとは別に仲が良いわけじゃないんだよ、という以前説明した通りのことを繰り返すことはできなかった。
あの頃とは、オレの本心が変わってしまっているから。
鷹塚さんと仲が良いと思われたとしても、それが友達として想定してくれているなら、否定はしたくなかったんだ。
結局、最後の最後になって後味が悪くなっちゃったんだけど、岩渕さんには変に責任を背負い込んでほしくないから、別れるときは「またいつでも誘ってね!」と明るく言うことにした。
自宅がある最寄り駅で降りて、家へ帰る途中に考えてしまうのは、鷹塚さんのこと。
「明日は学校に来るでしょ?」と送ったラインの返事はいまだにない。既読マークはついているから、読んでくれているはずなんだけど。
「勘違い……か。でも、オレが岩渕さんを好きなのは鷹塚さんだって知ってるし、デートみたいなことをしてる現場を見たからって嫉妬しちゃうなんてこと、鷹塚さんに限ってありえないよなぁ」
だとしたら、返事をしないのも鷹塚さんの気まぐれに違いない。
岩渕さんと初めてお出かけした大事な日だというのに、帰り道は鷹塚さんのことで頭がいっぱいになってしまった。
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