第53話 好きな人のコンプレックス
そのスポーツ用品店は、街中の目立つところにあった。
旗艦店らしく、あらゆるスポーツに対応しているんじゃないかと思えるくらい広い店内だ。
オレと岩渕さんは、バスケットボールシューズがたくさん並んだエリアにいる。
「うーん……」
目の間の岩渕さんは、右手と左手にそれぞれ別のバッシュを持って、どちらにするべきか熟考していた。
散々迷った末に候補を二足に絞ったみたいだけれど、ここからの選別が難しいみたいだ。
「デザインもカラーリングも履き心地も、どっちもめっちゃいい。ついでに言えばサイズの在庫もちゃんとある。ぶっちゃけどっちもお買い上げしたい気分……」
「二足買って、練習用とか試合用に分けたら?」
「それな! って言いたいけど、予算に限りがあるんだよー」
岩渕さんは部活一筋だから、バイトはしていないそうだ。
お小遣いの中でやりくりしないといけないのだろう。
「決めた」
決意した表情で、手元の二足をこちらに向けてくる。
「葉山くんが選んで!」
「ええっ、オレ?」
まさか、決断をぶん投げてくるとは……。
「オレ、バッシュのことなんて何もわからないよ?」
「いいんだよ。フィーリングで選んで」
「そうは言ってもなぁ」
なにせ、今後岩渕さんの足をサポートすることになる大事な靴だ。今後の人生に関わる出来事並の緊張が押し寄せちゃう。
「じゃあさ、こっちとこっち、どっちを私に履いて欲しい?」
顔の横に二足のシューズを並べて、岩渕さんが訊ねてくる。
「白い方と、黒い方ね」
口にした方を順繰りに持ち上げて見せる岩渕さん。
オレは岩渕さんに、白を履いていてほしいのか、それとも黒を履いていてほしいのか……。
岩渕さんみたいに元気なスポーツ少女は清純で健康的な白の方が似合いそうだけど、だからこそ逆に大人っぽくて妖しい魅力な黒だとしてもいい感じになっちゃうかも。
あれ? これ靴の話だよね?
そうだよ、なんか頭の中で岩渕さんの下着に脳内変換されたオレを殴ってやりたいよ。
このままじゃますます煩悩に飲まれそうだ。
こうなったら、岩渕さんの言うようにオレのフィーリングで……!
「白い方!」
「勢いつっよ。そこまで気合入れて選んでくれなくても」
苦笑いの岩渕さん。変な人だと思われちゃったかなぁ。
「うん。でも、葉山くんが選んでくれたって考えると、こっちの方に特別感出てきちゃった」
結局岩渕さんは、オレが選んだ白い方のシューズをお買い上げした。
「このバッシュは、葉山セレクトって名付けることにするね」
店を出るとき、靴箱の入った紙袋を手にして、岩渕さんが微笑んだ。
「葉山くんだと思って、大事に使うよ」
紙袋をぎゅっと抱きしめて、ニコッとする岩渕さん。
一体誰だ、この可愛い生き物をメスゴリラ扱いしてる不届きな人は……。
「でも使うのもったいなくて、家で飾るだけになっちゃうかも」
「せっかく買ったんだから、そこはちゃんと使ってよー」
どうということはない話をするだけで愉快な気分になりながら、街中を二人で歩いていると、ふと気づいたことがある。
岩渕さんの背中が、さっきから丸まっていることに。
普段は姿勢が良くて、飛んだり跳ねたりする姿からも優雅な感じがする岩渕さんなだけに、今だけ姿勢が悪いのはどういうことなのかと気になった。
いや……これは。
そういえば、岩渕さんは身長を逆サバしているらしいことは、合宿のときにマネージャーの人から聞いた。
岩渕さん、隣を歩くオレより身長が高いと思われたくないから、わざと背中を丸めてる?
「岩渕さん、ごめんね」
「えっ、どうしたの?」
「オレの身長がもっと高かったら、岩渕さんに恥をかかせることもなかったのに……!」
「ええっ、あっ、そうじゃないんだよ! 葉山くんだからじゃないの!」
慌てる岩渕さんは、紙袋を振り回すようなかたちになって、周囲の通行人に当たりそうになって頭を下げていた。
「……恥ずかしい話なんだけどね」
しゅんと肩を落とす岩渕さん。
「私、女子の中では、他の子よりほんの少し背が高いから。ほんの少しね」
ちょっとかな……? いや、きっとコンプレックスなのだろう。何も言わず黙っておくべきだ。
「友達同士で歩いてると目立っちゃうんだよ。よく遊ぶ子はみんな私より背が低いから、私だけなんかやたらデカいみたいになって」
「まあ、女子で170センチ以上あると目立つかもね」
「なっ、なぜそれを!? い、いや、私の身長は163センチなんだけどなぁ、前にちゃんと言ったよね? 覚えてないのかなぁ、変なこと言う葉山くん」
オレは、申し訳ない気持ちになりながらも、女バスのマネージャーさんから岩渕さんの実寸を耳にしてしまったことを話した。
「あの子たち、次会ったら罰走……」
「そ、そこまでしなくても!」
「だって、私が葉山くんからデカ女だって思わちゃってるわけでしょ……?」
「思わないよー。背が高いなって思うけど、それ以上は何も」
「本当?」
「……実は」
「ほらー、やっぱり女子の高身長はウケが悪いんだから」
「でも、カッコいいなとも思うよ」
「えっ?」
「部活中の岩渕さんを見かけたとき、コートで誰よりも目立ってる岩渕さんってカッコいいなって思ってたんだ。それって、岩渕さんが滅茶苦茶活躍してるからかなって思ったんだけど、高身長だから迫力ある動きができて、オレはそういうところを好きになったのかなって――」
あっ、マズい。
岩渕さんに、高身長はハンデなんかじゃないと言おうとしただけなのに、勢い余ってオレが岩渕さんに惹かれちゃう理由まで話さなかった?
恐る恐る隣の岩渕さんの表情をうかがうと。
「ほんと葉山くんは褒め上手なんだから」
頬を膨らませた岩渕さんに、指先でおでこを突かれてしまう。
「そういうことは、人を選んで言わないとダメだよ?」
顔を逸らされてしまい、岩渕さんの表情がわからなくなる。
「私は脳筋だからね。すぐ本気にしちゃうタイプだから」
それまで同じくらいの歩幅で歩いていたんだけど、少しだけ岩渕さんの方が前を行ってしまったので、オレは慌てて追いかける。
隣に追いついたとき、岩渕さんの背筋はピンと伸びて見えた。
やっぱり、岩渕さんにはどんなときも元気で自信満々でいて欲しい。
周囲の通行人の視線がちらちらこちらへ向かってくる。
背が高いからこそ、岩渕さんの可愛さも目立っちゃうんだよね。
まあ、男子のオレが今は隣にいるから、あまり無遠慮に見ないでもらいたいところだけど。
チャラそうな男二人組が好色そうな表情を浮かべて話し合っているのが視界に入った。
「なぁ、あの二人可愛くね?」「声掛けっか?」「どっち行く?」「迷うけど、おれはあっちの小さくて可愛い子行ってみるわ!」「だな。押せばいけそうだし」
えっ……オレ……?
まさかー、オレ男子だよ? なんて思ってチラリと確認するんだけど、鼻息荒い二人組がこちらににじり寄っていた。
「い、岩渕さん、早く行こ」
「えっ、葉山くん?」
身の危険を感じたオレは、岩渕さんの手をひいて歩く足を早めて、さっさとその場を去るのだった。
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お嫁さんにしたいランキング一位のオレは、貞操逆転みたいな世界で王子様系イケメン女子に狙われています 佐波彗 @sanamisui
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