第六章
第44話 デカいプールにやってきた
休日。
オレは、
「あにきー、先行ってっかんなー!」
「はいはい。ある程度遊んだら、海未とも遊んであげてね」
「わかってるよー」
元気いっぱいな美月は、レンタルの浮き輪を持って流れるプールへと突っ込んでいく。
「にいに。あっちのプールいくの」
オレと手を繋いでいる海未が、向こう側へと指を差す。
海未みたいな小さな子でも遊べる、幼児用のプールだ。
「にいには、おみずにかおつけれる?」
「オレはできるよ。でも海未は苦手だったよね?」
海未は泳ぐことも潜ることもできないけれど、不思議と水で遊ぶのは好きらしい。
「せっかくだし、今日は潜る練習もしちゃおうか?」
「やなの。おみずにかおつけるの、こわい」
「最初は怖いかもだけど、慣れれば平気だよ?」
「そうじゃないの。メイクしてたら、くずれちゃうかもしれないでしょ?」
「年中さんなのに、どこからそんなこと覚えてくるの……?」
よほどませた友達が同じ学級にいるんだろうか?
広い場所で美月と海未の面倒を同時に見るのは難しいから、という理由で、オレはこの手の大型プールに二人を連れてきたことはなかった。せいぜい市民プールくらいなものだ。
オレがどうして休日にプール遊びをしにやってきたかと言うと、鷹塚さんに半強制的に誘われたからだ。
先日、勉強会の会場を貸したお礼として鷹塚さんが要求してきたのは、オレと一緒に休日を過ごすことだった。
いや、正確に言えば、オレたちとということになる。
鷹塚さんは、この大型レジャープールのチケットを、オレだけじゃなくて美月と海未の分まで用意していたのだから。
たぶん、ペアチケットじゃオレを釣れないと考えたのかも。
結局、妹たちに休日を楽しんで欲しい、という欲求に負け、鷹塚さんの言う通りにいしてしまった。
海未は更衣室の方へ視線を向ける。
「おうじさま、まだかな? まだ?」
頬がほんのり赤くなっていて、わくわくを抑えきれない顔をしていた。
もし海未が、オレと同じ学校に通っていたら、いつも鷹塚さんの周りに集まっているファンの一人になっちゃっていたんだろうな……そう思うと複雑だ。
「悪いね、待たせて」
鷹塚さんが女子更衣室から出てくる。
学校では、パーカーで体を隠すことが多い鷹塚さん。
それだけに、真っ白なビキニスタイルの水着で現れた姿は衝撃的ではあった。
長身なだけに手足は長いんだけど、腿は程よく肉感的で、なんといっても胸。
思わず「で、でっか……」なんて下品なことが思い浮かんじゃう。
中性的でボーイッシュなくせに、やたらと良いものをお持ちなんだ……。
どうやら、周囲の利用客も鷹塚さんが気になっているらしくて、ちらちらと視線が鷹塚さんへと向かっている。
「どうしたの? ああ、ぼくの水着姿を見せるのは初めてだったよね? 見惚れてしまったのかな?」
すぐ目の前に立つ鷹塚さんが、腰をかがめてオレの表情をうかがってくる。
「ぼくの胸、見たいのならもっとじっくり見ていいんだよ? そのためにこの水着を選んだんだから」
「いいや、鷹塚さんの水着なんて興味ないよ。ほら、早く泳ぎに行こうよ」
見惚れるわけにはいかなった。
今、オレの隣には海未がいるんだから。
オレは頼もしい兄でいるために、女子の水着にデレデレするようなことはしない!
「無理したって、何も良いことなんてないのに」
「オレにはオレのプライドがあるんだよー」
「まあいいけど。でもぼくは、キミがラッシュガードなんかで上半身を隠すのを残念に思っているけれど?」
「い、いいじゃない別に何を着ようと……」
オレの場合、上半身裸だと鷹塚さんと違った意味で目立っちゃうんだよ。
「にいに。おみずあそびするの。おうじさまも」
「ごめんね、海未ちゃん。ぼくは美月ちゃんとの先約があるから」
心優しいお姉さんのような表情を取り繕う鷹塚さんは、海未のそばにしゃがみ込むと、その頭を優しく撫でた。
「あとで遊んであげるね」
「うん、まってるの! それまでにいにでヒマつぶしてる!」
「えっ……オレは鷹塚さんと遊ぶための繋ぎなの……?」
海未の中のヒエラルキーが鷹塚さんより下だとわかってショックだ……。
「にいに、いこー」
「ああ、うん……」
初っ端から鷹塚さんに心を折られ気味になるオレだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます