第45話 水遊び中の一幕
海未と一緒に幼児用のプールで水遊びをしていると、美月が鷹塚さんの腕を引っ張って、こちらへやってきた。
「れおが泳ぎ教えてくれるってー!」
美月は大はしゃぎだ。
美月はスポーツならなんでもござれなんだけど、水泳だけは苦手にしている。クロールの息継ぎが上手くできないみたいだ。
「ところで、キミは泳げるのかな?」
「オレはそれなりにね。美月くらいの頃に、スイミングスクールに通ってたから」
「あにきの唯一のスポーツ歴だもんな!」
「う、うるさいな……」
「もう続けてないのかい?」
「オレとしては楽しかったから、続けたかったんだけど……」
いつからだろう?
オレが、男性用水着を来てプールへ向かうと、同性から気まずそうに目をそらされてしまうようになったのは……。
男の体に女の顔が貼り付いている、と美月に気味悪がられているように、思春期男子もオレを不気味に思っていたのかもしれない。
だから今も、ラッシュガードを着ているわけで。
「まあ、諸事情だよ……」
「そうかい。まあ、だいたい想像はつくから詳しく突っ込むのはナシにしてあげるよ」
「れおー、早く泳ごうぜー。あたしをトビウオにしてくれよー。あたしよりちょっと泳げるからって調子に乗ってる霧崎ってヤツをわからせてやりたいんだよー」
「はいはい。じゃあ、向こうのプールへ行こうか」
「あにきー、これ貸してやるよ」
手にしていた浮き輪を放り投げてくる美月。
水遊びメインの幼児用プールの隣には、学校で見かけるような25メートルプールが用意されている。美月と鷹塚さんはそちらへ向かった。
「じゃあ、海未はこの浮き輪を使ってね」
海未に泳ぎを教えるのは、オレの役目。
といっても、海未はまだ小さいから、水に顔をつけることの苦手意識をなくしてくれればそれでいいと思っている。
海未は何かと姉である美月のマネをしたがり、それが叶わないとなると機嫌が悪くなっちゃうところがあるから、オレが海未の両腕を支えて、バタ足をしたもらうことで泳ぎの体験をさせようとする。
一生懸命な顔でバタ足をする海未は、ちらちらと美月がいる方に視線を送っていた。
「やっぱり、鷹塚さんに教えてもらった方がよかった?」
ちょっと後ろ向きな気持ちになっているオレだ。
「ごめんね。海未がもうちょっと大きくなったら、鷹塚さんに教えてもらおうね」
鷹塚さんが面倒見のいいことはもうわかっているし、妹たちを預ける信頼を一定置いていることも確か。
でも、まだ保育園児の海未を任せるのは、小5の美月より気をつけないといけないことがいっぱいあるから、鷹塚さんの負担になってしまう気がして、できなかった。
「ううん、にいにといっしょもたのしいよ」
オレの手を取りながら、浮き輪でぷかぷか浮いて、海未は言った。
「ほ、本当に?」
「うん。おうじさまもすきだけどね、にいにといっしょもすきなの」
この子はなんて天使なのだろう。
幸せな気分に浸りながら、海未の水泳ごっこに付き合う。
浮き輪で浮かんでいるだけでも海未は楽しんでくれているようで、この調子なら潜る恐怖心もすぐに克服できそうな気がした。
「おう、あにきー、あたしも混ぜろ」
美月が幼児用プールにドボンと飛び込んで、大きな水しぶきを上げた。
「クロールの練習はもういいの?」
「ちょっと休憩~」
「キミの妹はセンスがいいね。飲み込みが早いよ」
心なしか満足気な表情で、鷹塚さんまで幼児用のプールに入ってきた。
背が高いから、まるで巨人が湖に脚を突っ込んだみたいになっている。
「海未、お前、ちょっとでも泳げるようになったのかよー?」
「こらこら、海未はまだ泳ぐには早いんだから」
姉に煽られているとちゃんと理解しているのか、海未は、むーっ、と頬を膨らませているので、むずがる前にフォローしないといけなかった。
「ま、浮き輪でぷかぷかしてるだけだったし、そんなもんだろうな」
「美月だって、海未と同じくらいの年齢のときには潜れるかどうかってレベルだったでしょ。それどころかプールサイドでおもらししてたじゃない」
「そ、そんなことしてねーし!」
「いや、してたよ。その点、海未はトイレに行きたくなったらちゃんと言ってくれるからね」
トイレの方向を指し示して、トイレに行きたいと意思表明してくれるからありがたい。
「あ、あたしだってトイレ行きたくなったら言えるし!」
「そりゃもう小5なんだから言えるでしょ……」
「れお~。あにきが意地悪ばっか言ってくるんだけど~」
「しょうがないね。あとでぼくがよく言っておくから」
鷹塚さんに抱きつく美月。泳ぎを教えてもらったこともあり、鷹塚さんに対する信頼が一層増して見える。
するとすぐ近くのプールサイドを、老夫婦が通りかかった。
「あらあら、きょうだい一緒で仲が良いのね」
おばあさんの方が、オレたちを見て言った。
どうやら、きょうだいで楽しく遊んでいるように見られちゃったみたい。
「きょうだいに間違えられちゃったね」
なんだか照れくさい気分になって、鷹塚さんの方を見る。
鷹塚さんのことだから、きょうだいじゃなくて夫婦です、とかなんとか言い出すものと思ったんだけど。
思いの外、頬を赤くしていることに気づいたんだ。
「……な、なにがだい?」
珍しく動揺して見せる鷹塚さん。
けれど、その表情はちっとも嫌そうじゃなかった。
どちらかというと、嬉しそうにしているようにも思える。
「れお、うちらのきょうだいだってさ!」
嬉しそうに、美月が鷹塚さんに抱きつく。
鷹塚さんは以前、一人っ子の暮らしを気楽だと言っていた。
本心が相変わらずよくわからない鷹塚さんだけど、もしかしたらどこかに一人っ子を寂しがる気持ちがあるのかもしれない。
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