第18話 どうしても気になっちゃったから
昼休み。
いつものように校舎裏でお昼ごはんにしていたときだ。
「最近はキミも大人しく一緒に来てくれるようになったよね。そろそろキミの方から恋人になってほしいって頭を下げてくる予感がするんだけど、どうかな?」
「どうもこうも、そんな未来はないよ……」
「ふふふ。残念だな、相変わらずか。案外手強いんだね。もっと早く落ちると思っていたんだけど」
たいして気にもしていない様子で、鷹塚さんはいつものようにポケットからカロリーメイトを取り出す。
「待って。あの、今日は……」
「なんだいもじもじして。なに、キスして欲しいって言い出せないのかい?」
「今までオレ、一度もそんな気配出したことないでしょ」
「でも、キミがそこまでもじもじするのも珍しいよ」
変に鋭い人だなぁ……。
「やっぱりさ、お節介かもしれないけど、オレは鷹塚さんの食生活が気になっちゃうんだよ」
「食生活? そんなものより性生活を気にして欲しいな」
「そ、そんなの聞きたくないよ~!」
「とても大事なことじゃないかい? パートナーの性生活は、晴れてキミと恋人同士になったときの満足度に関わってくるんだよ? 仕方ないな。恥ずかしがりなキミのために教えてあげるよ。これでもぼくは頻繁に性欲を発散する必要があってね。たとえば昨日なんかシャワーのとき――」
「ほ、ほらこれ!」
下世話な話をされる前に、オレはトートバッグから取り出したもう一つのお弁当箱を押し付けた。
長方形の、プラスチック製の小さめのお弁当箱だ。
「これは?」
「……た、鷹塚さんの分」
「ぼくの?」
「そうだよ。鷹塚さん、食事らしい食事してるの、見たことないから。……お腹空かないのかなって思って。それで……昨日余り物が多かったから、ついでに作ってきたんだ」
「驚いたな。キミ、ぼくを迷惑がっていただろ? こんなことしたら、ぼくは余計にキミをしつこく付け狙ってしまうよ?」
オレの顔を覗き込んで、鷹塚さんが得意そうにする。
「そ、そうだけどー、昨日はほら、鷹塚さんに手伝ってもらっちゃったから。このまま何もしないのは失礼かなって思うし……」
茶化すことなく黙った鷹塚さんは、膝に乗ったお弁当箱をじっと見下ろす。
「……キミは本当に面白いね。お人好しにも程があるよ」
「事情があってあまり多く食べられないとかなら別だけど……」
「いいや。食にこだわりがないだけさ。ぼくにとって、昼食なんて最低限の栄養さえ摂れればそれで十分だからね」
蓋を開ける鷹塚さん。
表情はあまり変わらないものの、ほんの少し瞳が輝いて見えた。
「せっかくのキミの好意だ。受け取らなかったら罰が当たるよ」
「昨日の夕ご飯の残り物だけどね」
「そういうの、好きだよ」
好きだなんだっていう言葉は、鷹塚さんからすれば挨拶レベルで気軽に口にする言葉だ。少なくとも、オレはそう思っていた。
でも、残り物弁当を目にして和らいだ表情を見たとき、これまでとはニュアンスの違う「好き」なんじゃないかと思ったんだ。
「どうかな? 口に合う?」
「うん、おいしいよ。こんなおいしいお弁当をつくれるなんて、ますますキミをモノにしたくなった」
問題なく食べてくれるみたいだったから、オレも安心して食事を始める。
「……前にも似たようなことがあったんだけど、キミ、覚えてる?」
「えっ、鷹塚さんにお弁当を……?」
鷹塚さんとの接点ができたのは、ここ最近のこと。
性格はともかく、一目見れば忘れられないくらい綺麗な人だから、忘れるはずがないのに……。
「いや、悪いね。ぼくの勘違いだったみたいだ。忘れてくれよ」
「ごめんね、なんか思い出せなくて……」
ちょっと悪い気がしながら、もそもそとご飯を食べる作業に戻る。
まあ、未だに休み時間になると、ファンの女子に群がられている鷹塚さんのことだ。幅広い交友関係の中で起きた出来事で似たようなことがあったのかもしれない。
元々小さいお弁当箱に詰めていたからか、鷹塚さんはあっという間に平らげてしまった。
「ごちそうさま。おいしかったよ」
「……よかったら、明日から作ってこようか? どうせオレは毎日お弁当つくるし、手間はあんまり変わらないから」
「そうだね。キミさえよければ、お願いしてしまおうかな」
「わかった。じゃあお弁当箱返して。洗ってまたここに詰めるから。あっ、これで足りた? うちの棚を探したんだけど、お弁当箱に使えそうなのが美月が昔使ってたこれしかなくて」
「構わないよ。ぼくには十分さ」
「わかったよ。それなら、また明日持ってくるね」
鷹塚さんから返してもらったお弁当箱を、再びトートバッグの中へ押し込む。
「……キミは本当にお人好しがすぎるね」
「えっ、何か言った?」
「いいや、なんでも。ほら、そろそろ午後の授業の始まりだ」
鷹塚さんが、ベンチのような岩から立ち上がる。
つられるように隣で立ち上がりながら、オレは明日、どんなお弁当にしようか考えてしまうのだった。
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