第11話 鷹塚さんとお昼休み

 連れてこられたのは、いつもの校舎裏。

 ここには、腰掛けるのにピッタリな岩があって、オレはいつもそこをベンチ代わりにしていた。

 けれど今日は、隣に鷹塚さんがいる。

 スカートから伸びる白くて長い脚を組んで、両手をパーカーのポケットに突っ込んでいた。

 その上で、腕がぴったりオレにくっつくくらい密着している。

 そんな中、オレは目の前の猫たちにご飯をあげていた。


「へえ。キミはいつもここで猫に餌をやってるんだ?」

「……そうだよ。オレのルーチンみたいなものだから」

「面白いね。キミだってお腹が空いてるだろうに、猫ちゃん優先なんて」

「みんながお腹空かせてる横で、オレだけもりもりご飯を食べるのは悪いし」

「素晴らしい博愛精神だけど、それをぼくに向ける気はない?」

「鷹塚さんは勝手に食べればいいでしょ」

「ふふ、キミはまだまだぼくに冷たいね。……それ、ぼくもやっていいかい?」

「餌を?」

「うん。ぼくはペットって犬しか飼ったことないから」

「犬かぁ」

「ふふ。ぼくなら女の子の一人や二人、ペットみたいにしたことあると思った?」

「そんな想像してないよ……」

「本当かな? まあ、猫には興味あるのは本当だよ。これでも動物の相手をするのは得意でね。猫カフェに行ったときはよく可愛がってるからさ」


 オレが今、猫のみんなに与えているのは、猫用の乾燥した小魚だ。食べやすいように小皿に入れて、そっと地面に置いて食べてくれるのを待つだけ。まあ、誰でもできる。それに動物に触れた経験もあるみたいだし。鷹塚さんは困った人ではあるけれど、いくらなんでも動物に酷いことはしないだろう。


「じゃあ、やっていいよ。猫のみんなは別にオレのペットってわけじゃないし」


 オレは、空になった小皿を回収すると、小魚を適量入れてから、鷹塚さんに渡す。


「ありがと」


 小皿を持って立ち上がった鷹塚さんは、猫の群れの前に小皿を置いた。


「おいで。キミたちが大好きなごはんがあるよ」


 校舎裏にやってくる猫たちは警戒心が強くて、小皿を置いたらすぐに離れないと食べてくれないはずなのに、どういうわけか小皿の前に鷹塚さんがしゃがんでいようとも関係なく群がって餌を食べ始めた。


「キミたちは可愛いね。葉山くんが大事にする理由もわかるよ」


 その上、鷹塚さんはさらっと猫の喉元を撫でる。心地よさそうな鳴き声が聞こえた。一匹の猫を撫でると、我も我もとばかりに次々猫が寄ってくる。


「葉山くん、凄いよ、この子たちは。本当に人懐っこいんだ」

「……なんで?」


 オレですら、ここまで懐かれてないのに。

 毎日のように、君たちにご飯をあげ続けてきたよね……?

 どうしてポッと出の鷹塚さんなんかに……。


「鷹塚さんは、猫ブリーダーの資格でも持ってるの?」

「まさか。きっと、持って生まれた魅力が猫ちゃんにも伝わるんだろうね」


 これが嫌味に聞こえないのが鷹塚さんの凄いところだ。空が青ければ太陽が見えるよね、とでも言っているような、素直に頷けてしまえる説得力がある。

 そうして猫の食事を見届けると、今度はオレたちの食事になる。


「キミはお弁当派かい?」

「そうだよ。保育園に行ってる妹にお弁当が必要なときがあって、そのときに作ったら案外楽しかったから今も続けてる」

「へえ。妹さんが。キミの妹なら、さぞかし可愛いんだろうね」


 しまった。ついついポロッと言っちゃったけど、家族構成の一部が鷹塚さんに漏れちゃった……。


「もう。オレ、お昼ごはん食べるからね。邪魔しないでよ」

「しないしない。だってぼくも食事にするから。そうだ。二人同時に咀嚼して、同じタイミングでごっくんするのはどうだい?」

「なんでそんな微妙に気持ち悪いこと言い始めたの……」


 爽やかな笑みに騙されちゃいそうだけど、すごく変態的だったよ。


「ふふ。キミを困らせるのも、それはそれで楽しいからね。さっきのは冗談。ほらほら、食事にしていいよ」


 そう言う鷹塚さんの手元にはお弁当らしきものはない。一見手ぶら。けれど、パーカーのポケットに手を突っ込んでガサゴソし始めた。

 オレも手元のトートバッグから弁当箱を取り出す。

 箸を手に取り、さあご飯だと構えたんだけど。


「……鷹塚さん、それで足りるの?」

「うん? ああ、いつもぼくはこのセットだけど、十分だよ。燃費がいい体だからね」


 鷹塚さんの手元には、カロリーメイトの箱が一つと、ペットボトルの水があるだけだった。


「ダイエット?」

「ぼくにダイエットなんて必要ないよ」


 まあ、変な人だけどめちゃくちゃスタイルはいいから、そうなんだろうけど。


「どうしたの? ぼくに気にせず食べるといいよ」


 鷹塚さんは、ニヤニヤしながらカロリーメイトの箱を開ける。


「それともキミ、女の子が食事をしているのを見るのが好きな性癖の人? 困ったな。それなら先に言ってよ。ちゃんと食べるところ見せてあげるから」

「そ、そんな趣味ないよ!」

「無理に否定しなくていいんだよ? ぼくはキミのことなら何でも受け入れるからさ。女の子の食事に特別な関心を持つことは変わったことでもなんでもないよ。食事もセックスも、欲を満たすという意味では同じだから。元々、近しいものなのさ」


 お昼ごはんという昼間に相応しい話をしていたはずなのに、昼間にするには相応しくないワードが出てきちゃったぞ……。

 断っておくけど、オレには女の子の食事シーンに欲情するような変な性癖はないからね!

 鷹塚さんのペースに乗せられたら、昼休みなんてすぐ終わってしまう。

 オレは食事に集中して、お弁当の中身をもそもそ平らげていく。

 男子ではあるけれど、別にオレもたくさん食べるわけじゃない。

 弁当箱だって、二段式じゃなくて、一段にご飯とおかずを詰めるだけで十分だし。

 だから背が伸びないのかもしれないけど。

 美月は背が低いことを気にしていたけど、食べる量は多いから、いずれ悩みは解消されるかもしれない。少なくとも、オレよりはずっと可能性がある。


 ちゅっ。


 頬のあたりで温かい感触がして、リップ音的な何かが耳元で響く。そしてほんのり甘い香りが鼻先をくすぐった。


「い、いま、ちゅーしなかった?」

「したよ? もぐもぐしてるキミが可愛かったから」

「そ、そんなことでキスしたくなるぅ?」

「ふふ、惚れた者の弱みってやつだよ。好きな人がすることならなんだって可愛く思えてしまうんだよね」


 鷹塚さんの手元を見ると、カロリーメイトは空箱になっていた。食べ終わった暇を持て余しているのかもしれない。


「食事しているところに欲情する、キミの気持ちがわかっちゃったかも。これでお互いの距離がまた縮まったね」

「縮まってないよ! それに、オレは別にそんな変な趣味ないんだって~」


 結局、それから一週間というもの、鷹塚さんは毎日昼休みになるとうちの教室にやってきてはオレを連れ出し、この校舎裏で昼食タイムを取ることになってしまった。



——— ——— ——— ———

読んでいただき、ありがとうございます!

メインヒロインの鷹塚玲緒との絡みはここから本格化していきますので、ぜひぜひお楽しみに。

気に入っていただけましたら、「作品のフォロー」と「星評価3つ」でぜひよろしくお願いします。



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