第56話 以前と同じようで、以前と違うこと

 翌日。

 鷹塚さんは、昼休みになっても現れなかった。

 校舎裏に一人でいる日々が続くと、鷹塚さんと関わるようになるよりも前の日々が戻ってきたように思えてくる。


「ほら、ごはんだよ」


 野良猫への餌やりという日課。

 そもそもオレが始めたことなんだけど、鷹塚さんがいるときの方が、猫たちも喜んでご飯に寄っていってくれたように思えちゃうんだよね。


「もー、オレの方が先に君たちと仲良くなったんだからね?」


 猫に抗議してみるものの、こちらをじっとみて、にゃあ、と鳴くだけで終わり。


「お弁当はいらないってメッセージは来るから、音信不通ってわけでもないし、お弁当を無駄にしちゃいけないって気遣いは感じられるんだけど……」


 結局、猫のみんなを眺めながら、一人でお弁当を食べ終えて、放課後を迎えた。

 特売のためにスーパーに寄って、その足で海未のお迎えに行き、家に戻って夕食の支度をする。

 キッチンに立っている間、オレの頭に浮かぶのは鷹塚さんのこと。

 鷹塚さんの不在は、オレにいつもの日常が戻ってきたことを意味する。

 元々、こっちの生活が普通なんだ。

 鷹塚さんに、グイグイ迫られていた日々が特殊なだけで。

 オレの生活は、このままだって十分成り立つはずなんだけど。


「にいに」


 オレの腰をつんつんする海未。


「海未、どうしたの?」

「にいに、おうじさまのおべんとは?」

「鷹塚さんのお弁当?」

「うん。なんか、つくってるのみないから……」


 足のつま先をつんつんして、右へ左へ体をよじれさせる海未。


「けんかしたのかとおもって」

「ち、違うよ? そういうことじゃなくてね?」


 でも、鷹塚さんと関わりが薄くなっていることを伝えたら、海未はやっぱりケンカしていると勘違いしちゃうんじゃないか?


「うみもね、ゆうとくんとそうたくんにおべんとうつくってあげることがあるんだけど」

「えっ、誰それ男?」


 大事な妹が親しげに男子の名前を呼ぶのを聞いて、オレの中の漢というレアキャラが「オウ、海未に近づくふてぇ輩がいるぜぇ、いいのかよ?」と警告を発してくる。

 妹を守るのは兄としての大事な役目。

 海未と仲良くする男子がろくでもない人だったら……『お嫁さんランキング一位』の称号を持つオレも漢として目覚めて血で血を洗う第三次大戦が開幕することだろう。


「うん。おなじクラスなの」


 海未が言うには、保育園には人気を二分している二大男児がいて、海未はそのどちらとも仲良くしているらしく、砂場の泥団子……もとい、お弁当をつくってあげると、二人とも大喜びするのだとか。


「ふたりがケンカしたらね、もうおべんとつくらない! っておこるの。そしたら、ゆうとくんもそうたくんもなかなおりする」


 人気者の男児二人を飼いならしている海未、すごい……。

 保育園児なのに、オレより恋愛面で先を行っている気がするよ。兄としては、男女のいざこざの最中に身を置くのはもう少し未来の話であってほしいんだけど……。


「だから、にいにもおなじなのかとおもったの……」


 オレの気持ちはともかく、海未なりに心配してくれていることはわかった。

 妹を心配させてしまうなんて、兄失格じゃないか。


「心配してくれてありがとうね。でも大丈夫だよ。オレは別に、鷹塚さんとケンカしてるわけじゃないから。鷹塚さんは最近学校を休んでるんだ。それでつくる機会がないだけ。学校に来るようになったら、またつくってあげるつもりだよ」

「ほんと? よかった」


 にっこりと満面の笑みを見せてくれる海未。

 この表情を見れただけでも、誤解を正せて良かったと思えた。


「でも、がっこうこないのはどうして? ぐあいわるいの?」

「うーん、病気ってわけじゃないみたいなんだけど……」

「わかった。にいにが、おうじさまいがいのおんなのひととなかよくしたから」

「そういう男女のいざこざじゃないよ……」


 否定しようとしたんだけど、やっぱりこの前のことを思い出してしまう。

 でも、鷹塚さんはオレが岩渕さんのことを好きなのは知っているわけだし、それで今更ショックを受けるとは思えないんだよね。

 とはいえ、こんなに長く学校を休んでいるんだから、一度様子を見に行った方がいいのかも。

 何かしら悩みでもあるのかもしれないし。

 妹たちがお世話になったお礼代わりに、話を聞いてみるのも良さそうだ。


「鷹塚さんの心配をしてくれるなんて、海未は優しい子だね」


 しゃがんで海未の頭を撫でると、海未は嬉しそうにしてくれた。


「なんだぁ、あにき。また海未だけヒーキしてんのか?」


 サッカーボールを小脇に抱えて帰宅してきた美月が嫌そうにした。


「はいはい、美月にもやってあげるから」

「あたしはいいよ~! あにきになでなでされるなんてキモいしよー」


 文句を言うわりには、美月は頭を撫でられても逃げようとしなかった。

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