エピローグ

 昼休みの校舎裏。

 一年生の頃は、集まってくる野良猫にエサをあげるために教室を抜け出して、一人でお弁当を食べるための場所だった。

 二年生になって一ヶ月が経った頃、一緒にお昼を食べる友達が増えた。

 言うまでもなく、鷹塚さんのことだ。


 ここ数日は色んな事情があって一緒に過ごすことはできなかったんだけど、今日はちゃんとオレの隣にいる。

 でも、今日の鷹塚さんはなんか変だった。

 隣にはいるんだけど、座る位置に距離があるし。

 あまり目を合わせようとしてくれない。

 おかしい。いつもの鷹塚さんなら、嫌になっちゃうくらいグイグイ来るっていうのに……。

 もしかして、まだ本調子じゃないのかな?


「体調はもう大丈夫なの?」

「ああ、もう平気さ。心配かけて悪かったね」


 お弁当はちゃんと食べているから、食欲は戻っているんだろうけど。


「ちょっとごめんね」

「あっ!」

「熱はないみたいだね。よかった」


 鷹塚さんの額に手のひらを当てると、ほんのりとした暖かさがあるだけで、熱がある感じはしなかった。


「なんだい、キミは。急に手を当ててきて……」


 鷹塚さんは、半身をそらした。


「いや、無理して学校来ちゃったんじゃないかと思って」

「体調は問題ないと言ってるだろ」

「でも、いつもみたいな感じじゃないから。やたらとグイグイ来るのが、オレが考える鷹塚さんなんだよね」

「うるさいな、キミは勝手にぼくのイメージを決めつけないでくれよ」


 身を乗り出して、顔を近づけてくる鷹塚さん。


「そんなにグイグイ来て欲しいなら、キスの一つでもしてあげるよ。この前のお礼としてさ」


 鷹塚さんがオレを引き込むように肩を掴み、唇はまっすぐオレの唇へと近づいてきそうだったんだけど。

 こうなったら逃れられた試しはないから、覚悟して目を閉じちゃうんだけど、唇の感触は訪れなかった。


「えっ?」

「……冗談さ。キミの期待に応えてあげるほどのサービス精神は持ってないからね」


 口ぶりはいつもどおり。

 でも、目を開けると不思議な光景が飛び込んできたんだ。


「鷹塚さん、なんかまた顔が赤くなってない……?」

「い、いいだろ、なんだって!」

「な、なんか変だよ! だって途中でキスをやめるなんて! もっとオレが困ることをしてくるのがいつもの鷹塚さんでしょ?」

「ふん。ぼくを理解したようなことを言って」


 鷹塚さんが、オレを勢いよく押す。

 けれど、ベンチみたいな岩に背中が接触する寸前で、鷹塚さんの腕がオレを支えていた。


「キミはぼくを怒らせた。キミがされて一番困ることをしてやる」


 鷹塚さんの顔が間近に迫るんだけど、やっぱり顔色がほんのり赤いというか、熱っぽい感じだった。

 けれど、いつまで経っても鷹塚さんはにらめっこを続けるばかりで、そこからちっとも動こうとしない。

 どうしてオレは焦らされているんだろう?

 これも作戦なのかな? 焦らしてオレをオトそうとか、そういう。

 このままじゃお昼休み終わっちゃうよ、なんて冷静な自分がいることに気づくと。

 砂利を踏みしめる音が聞こえて、オレより先に反応した鷹塚さんが慌てた様子で飛び退いた。


「あっ、ごめん、驚かせちゃった?」


 姿を現したのは、岩渕さんだった。


「校舎裏に抜けるまでは薄暗いから、いきなりぬっ……て現れたら怖いよね」


 どうやら、オレが鷹塚さんに押し倒された状態だったところは見られてないみたい。

 でも、どうしてここに?


「たまには一緒にどうかなって思って」


 購買で買った惣菜パンが入っているのであろう袋を掲げる岩渕さん。


「いつも二人で何してるのかなって気になったんだ」


 まるでオレが鷹塚さんと一緒にいることを気にしているみたいな発言だけど、岩渕さんに限ってそれはないよね。

 もちろん、岩渕さんを突っぱねるオレじゃない。

 鷹塚さんも、特に嫌な顔をすることはなかった。

 オレを挟むようなかたちで腰掛けることになる二人。

 このベンチみたいな岩はたいして横幅があるわけじゃないから、三人で腰掛けていると体が密着することになってしまう。


「そうそう、この前は看病してくれてありがとう」

「えっ?」


 どうしてまたその話を蒸し返すの?


「なに? 看病ってどういうこと? 鷹塚さん、病気だったの?」


 隣の岩渕さんが身を乗り出す。

 岩渕さんが入ってるライングループでは、風邪の話題は出してなかったもんな……。別に、仲間はずれにする気じゃなかったんだけど。


「ああ。葉山くんがぼくを献身的に看病してくれたんだ。言葉では言い表せないくらいのことをしてね」


 そんなたいしたことしたかな……?


「鷹塚さんは昨日まで風邪引いてて。それで、一人じゃ大変だろうから、オレが部屋に行って身の回りのことお手伝いしたんだよ」

「ふーん、そ。ふーん」


 岩渕さんは、無関心というには強すぎる鼻息でふんふん唸ると、突然オレの肩に腕を回して引き寄せた。

 頬同士がくっつきそうになるくらい寄せられたものだから、食事を中断しないといけないくらいドキドキしてしまう。


「葉山くん、昨日、一緒に買ったバッシュの試し履きしたんだけど、すっごく足に馴染んでくれたよ。まるで葉山くんが私の足を守ってくれてるみたいで!」

「あっ、そうなんだ」


 まあ、オレは二択で選んだだけだから、特に何もしてないんだけどね。でも、岩渕さんが喜んでくれているならそれで良しだよ。


「今度また買い物に付き合ってね?」

「うん。前もって教えてくれたら」

「なぁ、葉山くん。また一緒にプール行こうな。次はもっとすごい水着を見せてあげるよ」

「プール? いいな、私も行きたい」

「岩渕はダメだよ。ぼくと葉山くんの二人で行くんだからさ」


 オレの頭をわしゃわしゃと撫で始める鷹塚さん。


「そんな何回も葉山くんと一緒なんてズルいよ。ねえ葉山くん。鷹塚さんと一緒に行ってるんだから、次は私の番だよね?」

「そんなターン制にした覚えはない。去れ、岩渕」

「やだよ。私だって葉山くんと遊びたいもん」


 押し問答を始める二人。

 もはやオレは、両隣の女の子からプレスされているみたいな密着状態になっていた。

 おまけに二人とも、オレより背が高い上に胸元に立派なお山をお持ちだから、それがぎゅうぎゅう当たっていて脳みそが蒸発しそうだ。


「なぁ、葉山くん。ぼくと一緒に出かけるだろ?」

「また私と一緒に出かけようぜー、葉山くん?」


 今まで、これほど熱心に女子から遊びの誘いを受けたことがあっただろうか?

 経験不足なせいでどうすることもできないオレは、ただ昼休み終了のチャイムを救いのゴングだと思って待つしかないのだった。





____________

【あとがき】


最後までお読みいただき、ありがとうございます!

本作はこれにて一旦終了です。


また、カクヨムコンテスト10に参加中です。

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お嫁さんにしたいランキング一位のオレは、貞操逆転みたいな世界で王子様系イケメン女子に狙われています 佐波彗 @sanamisui

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