第60話 新たな気持ち【玲緒視点】
翌朝。
目が覚めたとき、びっくりするくらい体が軽くなっているのが自分でもわかった。
「……葉山くんの看病が効いたか」
ベッドを降り、階下へ向う足取りも軽く、まるで重力から解き放たれたみたいだ。
冷蔵庫を覗くと、作り置きの料理が中に入っているのであろうタッパーが積まれていた。ざっと見たところ、4、5日分はある。
「ふーん、ちゃんと用意してくれてるじゃないか」
感心、感心。
今日はどうにか登校できそうだし、昼休みに顔を合わせたらからかってやろう。
ぼくの忠実なご飯係として、褒めてあげないと。
「ぼくが風邪を引いてる間、葉山くんにはマウントを取られてしまったからね。たくさん、たくさん、仕返しをしてやらないと」
早いところ関係性を五分に戻さないといけない。
葉山くんに弱みを見せるなんて、ぼくとしてはあってはならないことだから――
「いや、待てよ……? ぼくは葉山くんを部屋に入れて、結果的に看病してもらうことになったんだよな……?」
熱に浮かされていたせいであやふやだった記憶が、健康な体調が戻ってきた今、フラッシュバックするみたいに鮮明に蘇ってきた。
なんか、ぼく、取り返しのつかないことしてなかった?
誰にも媚びないで、なびくこともない『王子様』のぼくが、葉山くんに対しては甘えに甘えなかったっけ……?
まさかまさか。
……いや、甘えてたわ。
母親のことも……それどころか、どうして葉山くんを気にするようになったか、そんなことまで喋ってしまったような……。
わーって叫びだしたくなったよ。
ていうか、叫んだ。
幸い、防音がしっかり効いているマンションだから、早朝の近所迷惑にはならないだろうけどさ、この程度じゃぼくの恥ずかしさはちっとも収まってくれない。
これから、どんな顔をして葉山くんに会えばいいっていうんだ?
今まで通りの対応でも大丈夫なんだろうか?
「葉山くんがイキりちらかしてぼくにマウント取ってくるようだったら……」
押し倒して強制的にぼくのモノにするくらいのことをしないと、ぼくの方が主導権を握れる関係性を取り戻せないよ。
「……ていうか、あの葉山くんに限ってそれはないか」
彼はお人好しだから。
別に、ぼくのことを知ったところで、偉そうにすることもないだろう。
ていうか、そんな姿イメージできない。
恥ずかしすぎて、学校を休む戦略的撤退も考えたけれど、昨日の時点で葉山くんには今日はちゃんと登校する意思があることを告げている。
彼のことだから、昼休みの弁当を用意していることだろう。
ここでぼくが休めば、二度も葉山くんが用意した食事を無駄にすることになってしまう。
「仕方ない。行くか……」
覚悟を決めたぼくは、部屋に戻って、汗で濡れたパジャマを脱ぎ捨て、軽くシャワーを浴びて寝汗を流す。
ぱちぱちとシャワーのお湯の粒が肌で弾ける音がする中、またも思い出すのは葉山くんのこと。
風邪で苦しむぼくの手をずっと握っていてくれた感触が、まだほんのり残っている気がして、手のひらを見つめる。
「こんなときに何を思い出しているんだよ……」
これまでだって葉山くんのことを考える機会は多かったけれど、この調子だと本当に二十四時間ノンストップで考えてしまいそうだ。
煩悩を断ち切るために、両頬を手のひらでパン! と挟む。
「熱っ……」
まだ風邪が治りきっていないんじゃないかと思えるくらい、頬が熱かった。
体が一切ダルくないから、風邪のせいじゃないということはわかる。
それどころか、妙に胸が弾む。
もう部屋にこもる必要はないし、それに……。
「……風邪よりずっとずっと厄介な病気じゃないか」
熱が冷めそうにない頬をぐにぐにしながら、ただ意識していただけの男子を本当に好きと思うように変わってしまったことを認めるしかなかった。
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