第5話 強引な告白

 校舎裏は、いつものように人っ子一人いる気配がなかった。


「……まさか、本当にいたずらだったとか?」


 失望感でいっぱいになったオレは、膝に手をついてしまう。

 結局オレは、好奇心に駆られて手紙の相手に応じることにした。

 もちろん、タイムセールのことだって忘れてはいない。

 こっちの用事を済ませたあとで、急いでスーパーへ向かうつもりだった。


「まあ、いいか。どうせこんなことだろうと思ったよ」


 いたずらをされるほどの悪意を受けていることは不気味に思うけれど、長居するのは犯人の思うツボだ。


「これも、一瞬でも美月みつき海未うみをないがしろにしちゃった報いかも。二人ともごめん」


 さっさと校舎裏をあとにしようとしたときだ。


「葉山くん? いやだな、どこへ行こうっていうの?」


 ちょうど進行方向を塞ぐように、女子生徒が現れた。

 ショートヘアの黒髪に、青のインナーカラーに、耳元で光る銀のピアス。

 そして、見上げないといけないくらいの長身。


「せっかく来てくれたのに」

「えっ……た、鷹塚さん……?」

「そうだよ。鷹塚たかつか玲緒れお


 まさかの登場を果たした鷹塚さんは、にっこりと微笑む。

 夕焼けを背負った姿が、後光が射しているようで思わず見惚れてしまいそうになる。


「キミに名前を覚えてもらっていて、嬉しいよ」

「あの、オレは下駄箱に入ってた手紙を読んで……」

「ああ、それぼく。ごめんね、うっかり無記名で」

「いや、それはいいんだけど、どうして鷹塚さんがオレを?」

「そんなの、決まってるだろ?」


 鷹塚さんは、オレのすぐ目の前で立ち止まると、オレに向かって両腕を伸ばしてきて。


「キミのことが好きだからだよ」


 抱き寄せてきたものだから、オレは鷹塚さんにすっぽり覆われるような感覚に陥る。

 驚いたのは、ボーイッシュな鷹塚さんには不似合いで、だからこそより魅力的に感じられてしまう甘い匂いだけじゃない。

 なんか……胸元に柔らかいブツが押しつぶされてる感触がするんだけど!?

 パーカーで隠れているからわからなかったけど、まさか鷹塚さんは立派なモノの所有者!?

 あいにくオレは女顔だけど、中身はちゃんと男子なところもあるんだ。

 女子の体に密着されたら、冷静じゃいられなくなっちゃうんだよ!


「あ、あの、やめて。まだ全然話してないのに、その距離感は……恥ずかしいから」

「ああ、ごめんね。つい。キミって可愛いから、意味もなく触れたくなるんだよね」


 か、可愛い……?

 いや、鷹塚さんに惑わされたらダメだ。

 不思議といい声にきゅんきゅんしてる場合じゃない!

 鷹塚さんは、オレを解放してくれたけれど、相変わらずすぐ目の前に立っていて、緊張させられてしまう距離感を保っている。


「ほ、本当にオレのことなんか好きなの……?」

「だから、そう言ってるじゃない。ぼくは、ずっと前からキミのことを気にしていてね。こんな気持ちになったのは初めてだし、お付き合いするのもいいかと思ったんだ」


 舞い上がるオレなんて意に介さない様子で、顔を寄せる鷹塚さんが訊ねてくる。

 遠目からでも綺麗な顔立ちに驚かされたけれど、近くで見ると本当に別格だ。きめ細やかな肌は、思春期にありがちな肌荒れとは一切無縁の美しさだった。アプリや加工では決して出せない天然の美しさが目の前に広がったことで、精神的な意味でも自由に動けなくなってしまう。


「あの、オレ、男子だよ?」

「知ってるよ。それが?」

「鷹塚さんって女の子にばかりモテてるから、女の子にしか興味ないのかと……」

「別にそういうわけじゃないよ。でも男子よりは、女の子の方がずっと好きかな。男子は友達ならいいけど、恋人としては不足を感じちゃうから。どいつもこいつも意気地がないからね。その点、女の子は話していて楽しいし、ぼくを好きになってくれるとますます綺麗になっていくところが面白いから」

「じゃあオレのことも対象外なんじゃ……」

「キミは別さ。だってキミ、そこらの女の子よりずっと女の子っぽくて可愛いから」

「えっ?」

「『お嫁さんにしたいランキング』なんて、くだらないイベントだって思ってたけど、キミを見て考えが変わったよ。キミは確かに、お嫁さんになってもらいたい何かがあるからね」


 まさか、あのイベントがきっかけで、鷹塚さんに目を付けられることになろうとは。

 しかし、いくら鷹塚さんが相手だからって、告白を受け入れるわけにはいかない。

 オレは、岩渕さんのことが好きなんだから。

 ここでさらっ好きな人を乗り換えちゃうほど、オレは軽い男子じゃない。


「あの、オレには好きな人がいて……」

「……そう。誰?」


 それまで静かな微笑みをたたえていた鷹塚さんの表情が、少しだけ冷たいものへと変わる。

 オレはなんだか目を合わせられない気分になって、うつむいてもじもじしてしまう。


「クラスメイトの、岩渕さん。女バスの……」


 好きな人を他人に話したのは初めてだ。

 それだけで、なんとなく達成感を覚えてしまう。

 好きな人がいる。

 だから付き合えない。

 それで、この話は終わりだと思ったんだ。

 だって相手は、恋人に不足しない『王子様』の鷹塚さんなんだから。

 オレに強くこだわる理由なんてない。相手なんか、他にいっぱいいる。


「そうなんだ。岩渕をね……」

「うん。だから――」

「でも、キミはその子とお付き合いしてるわけじゃないんだろ?」

「えっ? まあ、そうだけど……」

「そうだろ? 別に悩むことなんて何もないと思うんだけど」


 オレはいつの間にか距離を詰められるだけ詰められてしまい、校舎の壁に背中をぴったり貼り付ける位置まで後退させられてしまう。

 すると、鷹塚さんはオレの顔のすぐ横の壁に手のひらを押し付けた。

 いわゆる、壁ドンってやつ。


「じゃあ、片思いしてるってだけだよね?」

「そ、そうだけど……」


 ただでさえ近い位置に顔があった鷹塚さんは、オレの耳元まで唇を寄せてきて。


「付き合っていなくて、ただの片思いなら、キミがぼくを好きになってくれれば、交際するのに何の問題もないわけだ」


 とんでもない自信だった。

 けれどそれは、校内一のモテ女と噂される鷹塚さんだから言えることなのだろう。

 岩渕さんとはただのクラスメイト。

 仮に鷹塚さんの言う通りになったとして、岩渕さんに対して何の不義理も起こりようがない。

 ただ、一つ大きな問題がある。


「……お、オレは、鷹塚さんのこと、別に好きじゃないよ……」


 だってオレは、岩渕さんのことが好きなんだから。


「今はそう思っていていいよ。でも、すぐにぼくのモノになる」


 未来を確信しているみたいに力強い言葉をぶつけられてしまう。


「本命がいたって構うもんか。ぼくは今までそういう女の子だってモノにして来たんだ。キミだって例外じゃないんだよ」


 物騒な発言が聞こえてきた。


「オレは男子なんだから、鷹塚さんを好きになった女の子とは違うよ……」

「同じさ。キミの中に女の子の部分があれば、ぼくはそれを見つけて掴み取るだけだから。女の子だろうと、キミみたいな子だろうと、違いはないよ」


 微笑む鷹塚さん。

 けれど、以前女の子に告白されたときの笑みと違って、相手を受け入れるというよりは、オレのすべてを支配しているみたいな暴力的なニュアンスがあった。

 少し前までのオレのイメージも、彼女に憧れる生徒のイメージも、不正を許さず女の子に優しい『王子様』だったことだろう。

 けれど今や、王子様のイメージが似合うような鷹塚さんはそんな爽やかなイケメン女子じゃない。

 望んだモノをすべて手に入れようとする暴君だ。


「だから、これからはできるだけキミと一緒にいることにするよ。キミは好きにしたらいいさ。まあ、すぐキミの方からぼくと付き合いたいって頭を下げに来るって決まってるんだけど」

「……オレは、岩渕さんのことが好きだよ。そんなすぐ鞍替えするなら、岩渕さんのことを好きになってないから」


 オレも強気に言い返してしまう。

 岩渕さんを好きになったのは、たんなる気の迷いじゃない。人として尊敬できるところとか、応援したい気持ちとか、そんな彼女を支えたい気持ちが色々合わさって、岩渕彩珠という女の子に恋しているのだから。


「言うね。でも、それくらいの方がオトし甲斐があるよ」


 なんだか鷹塚さんからは、ゲーム感覚でオレをモノにしようとしている気配がプンプンする。

 あまり気分のいいものじゃない。


「我慢しない方がいいと思うけどね。叶わない恋なんかより、ぼくと一緒の方が楽しくて嬉しくて気持ちよくなれるよ?」

「叶わないって決めつけないでよ。それに、い、今のオレは鷹塚さんといて全然楽しい気分じゃないんだから!」

「ふふふ。いいね。顔が可愛いものだから、性格まで大人しいのかと思ったけど、意外と強気なところもあるんだね」


 オレは怒っているのに、鷹塚さんは一切まともに取り合おうとしないから、余計にムッとしちゃう。


「そうだ。キミより先に、岩渕彩珠を先にオトそうかな。岩渕をモノにしてしまえば、キミは片思いの相手がいなくなって、ぼくを好きになるしかなくなるだろ?」

「ね、狙うならオレだけにして! 岩渕さんは関係ないだろ!」

「最高だね。今までぼくがどれだけキミの表面しか見てなかったか思い知らされたよ。素直で従順かと思いきや、強気なところがあって、自分の意思もちゃんと持ってる。まあ、いくら可愛くても、自我のない人形みたいな子だったらぼくの方から願い下げだけどさ」


 鷹塚さんは、オレの顎に手を添えると、クイと持ち上げた。


「キミのことは本当に気に入った。だからこれはキミを恋人にしたときの前祝い。ま、受け取っておいてくれよ」


 さっきからずっと近い位置にいる鷹塚さんの綺麗な顔立ちが、さらに寄ってきて、視界が鷹塚さんでいっぱいになったと思ったら。


「――――!?」


 オレの唇は鷹塚さんの唇で塞がれていて、不慣れなオレは息をするのを忘れてしまい、鷹塚さんが唇を離したときには呼吸困難になりそうだった。


「な、なんで……?」


 息も絶え絶えな自分の声に変な艶かしさすら感じてしまい、戸惑いが強くなる。自分がすでに、鷹塚さんの側に想いを寄せている錯覚に陥ってしまったからだ。ファーストキスの感覚を確かめる余裕すらない。


「だから、恋人になったときの初キスを前借りでキミにしてあげたんだよ。ぼくのモノになってくれたら、これくらいならいつでもしてあげるよ? 恋人同士なら、キミはぼくのモノであると同時に、ぼくはキミのモノなんだから」


 もはや何の反論もできないくらい気力を失ったオレは、再び鷹塚さんに抱きしめられてしまう。跳ね除けることもできないオレは、鷹塚さんの愛玩人形と化してしまった。


「それじゃあ、また明日ね。キミと恋人同士になれる日を楽しみにしてるから」


 オレを放って、さっさと背中を向けたと思ったら、くるりと振り返る。

 鷹塚さんの表情は、悪巧みでもしているみたいにニヤニヤしたものだった。


「あ、それと」

「ま、まだなにかあるの!?」

「抱きしめてわかったんだけどね。キミって本当に男の子なんだなって」

「なにそれ、どういうこと」

「いいモノを持ってるんだってわかって、ますますキミに興味が湧いたよ」

「なっ!?」


 顔から火が出そうになるくらい恥ずかしさが限界を超えた。


「絶対、キミのことをモノにしてみせるから。じゃあね」


 軽く投げキッスをしてきた鷹塚さんは再び背中を向け、ひらひらと手を振って去っていく。

 取り残されたオレは、しばし呆然と立ち尽くすと。


「も~! なんなのあいつ~!」


 誰もいなくなった夕方の校舎裏に、オレの叫びはやたらと響いた。

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