第二章

第7話 やんちゃ盛りな方の妹

 どうにかスーパーでセール品を確保すると、自宅に帰ってきて、夕食の準備を始める。

 葉山家は、一軒家。

 父さんは単身赴任中で、職場では重要なポジションにいる母さんも仕事が忙しくて帰宅時間が夜になることはザラだから、家事全般はオレの役目になっている。

 押し付けられたわけではなく、オレが言い出したことだ。

 多忙な母さんの負担を減らしたかったし、両親があまり家にいない妹たちに寂しい思いをさせたくなかったから。

 両親が忙しい分、オレが頑張らないと!


「なんて普段はやる気十分なんだけど……」


 キッチンの前で包丁を握りながら、ついついため息をついてしまう。


「岩渕さんのおかげで元気は出たけど、それでも鷹塚さんを相手にどう対策すればいいか、効果的なことはぜーんぜん思いつかないんだもん」


 包丁をまな板の上に置こうとしたとき、、刃に反射するオレの唇が見える。


「……やば。また思い出してきちゃった……」


 フラッシュバックするキスの記憶。

 自分の意思ではないとはいえ、オレは完全には子どもではなくなってしまったのだと思うと、虚脱感に似た喪失感が再来する。


「やめやめ! ここで落ち込んだら、せっかく元気づけてくれた岩渕さんに悪い!」


 気を取り直して、加熱していた鍋の様子を見ようとすると。

 ふくらはぎに衝撃が走った。


「痛っ」

「んだよ、あにき! さっきからため息ばっかでシンキくせーよ。どうにかしろよー」


 兄であるオレにカーフキックを食らわせてきたのは、美月みつきだ。

 オレと同じ栗色の髪をしていて、長い髪をポニーテールにしている。

 室内より屋外にいることが多いからか、肌の色はほんのり日に焼けていた。

 ショートパンツを履きがちなんだけど、上はジャージやパーカーなど、動きやすいスポーツウェアばかりだ。


 葉山美月は上の妹で、小学五年生のやんちゃ盛り。

 妹ではあるんだけど、とにかく男の子っぽいことが大好きで、放課後は男子に混じって遊んでいることが多い。たまに家にいると思ったら、ネットに繋いで銃で惨殺したスコアを競う好戦的なFPSゲームをしている。

 服装にはこだわりがあるらしく、「スカートは履かない。あたしには似合わないから! 中学の制服は選択できるところに行く!」と豪語しているんだけど、学区内の中学は残念ながら強制スカートの学校なんだよね。登校拒否を起こさないか今から心配だ。


「しょうがないじゃない。今日は学校で憂鬱なことがあったんだから……」

「なんだよ。いじめられたの? そりゃそーだよ。あにきはぜーんぜん男らしくないもん。男の体に女の顔面が張り付いてる変わったヤツだし」

「美月、よくそれ言うけど、オレだって傷つくことはあるんだからね?」

「だってー、変なもんは変じゃん」

「そんなこと言うなら、美月だけお米抜きだよ」

「やめろよ。お米はあたしの原動力だぞ!」

「それなら、人の嫌がることは言っちゃダメだよ」

「くそー、兵糧攻めなんて、そういう戦国武将的なところだけ男らしくしやがって。とにかく、ため息なんかやめろよな。幸せが逃げちまうって言うぜ」


 美月は舌を出すと、さっさと二階へと逃げ込んでしまった。


「相変わらずオレの妹は口が悪いなぁ」


 断っておくけれど、口が悪いだけで性格まで悪いわけじゃない。

 よくオレにキックをかましてきたり、見様見真似の関節技を仕掛けてくるけれど、洗濯物を畳むのを手伝ってくれたり、自分の部屋の掃除はしっかりしていたり、毎年オレの誕生日にはプレゼントだってくれる。去年もらったプレゼントはプロテインだったけどさ、オレは大喜びしたよ。結局大事にしすぎて飲まないまま消費期限が過ぎちゃいそうだったから、クッキーに混ぜて運動部のみんなに配ったんだけどね。

 まあ、オレが男らしくないのは事実だし、やっぱり美月みたいな活発な子からしたら、自分のお兄ちゃんは強くたくましくあって欲しいのだろう。

 そういう意味では、オレの力不足で美月を苛立たせてしまっていると言える。


「ごめんね、美月」


 せめてほんの少しでも美月のお手本になれるよう、オレはため息を自らに禁じて夕食作りを続けた。

 やがて夕食が出来て、人数分のお皿をテーブルに並べ終える。


「ご飯できたよー」

「へへへ、待ってたぜー、このときをよぉ」


 呼んだらすぐ来てくれるのは美月のいいところの一つだ。たんにお腹が空いてるだけってこともあるけれど。


「そうだ、海未うみは?」

「まだ部屋じゃね?」


 お箸を手にしてさっさと食べようとする美月が言う。


「ついでに連れてきてくれたらいいのに」

「やだよー。自分で来れんだろ。あいつ階段の上り下りできるし」

「いや、まだ心配だよ。まだちっちゃくて、あんなに手足が短いんだから。オレ、連れて来る」

「あにきは海未に甘えんだよ~。あたしは待たないからな。先食べちゃう」

「いいよ。あ、でも食事中にスマホはダメだからね?」

「わーってるよぉ。あにきは校則よりルールに厳しいんだから」


 ぶつくさ不満を言いながらスマホをポケットにしまい込む美月を置いて居間を抜けると、階段を上がって二階へと向かう。

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