第一章

第1話 お嫁さんにしたいランキング一位

 ホームルームが始まる前の教室。

 予鈴が鳴るよりずっと早く登校したオレは、授業で使う道具を入れるのとは別のトートバッグをぶら下げていた。


「はい、これ」


 丁寧にラッピングされたクッキーを、目の前の男子に手渡す。


「お、俺がもらっちゃっていいのか?」

「うん。昨日妹二人とお菓子作りした余り物だけど、それでよければ」

「い、いいに決まってるだろ! 葉山の手作りお菓子を貰えるなんて、俺……今日ほど感動した日はないよ!」

「なにも泣かなくても……ていうか、別に今日以上に感動した日なんていっぱいあるじゃない」


 反応が過剰じゃないかなーって気はするけれど、それだけ喜んでくれているのだから悪い気はしない。


「じゃあ、オレ行くね」


 オレが手にしているトートバッグの中には、まだまだラッピング済みのお菓子が入っていた。ホームルームが始まる前に配り終えないと。


「あー、ちょっと鈴木くん」


 大木みたいに背が高い男子を呼び止めると、鈴木くんはのっそり振り返った。


「これ、キミにも」

「俺まで、いいのか?」

「うん。クッキー苦手じゃなければ。運動部用にはちょっと別のを作っててね。ほら、キミらは体作りのためにタンパク質欲しいでしょ? だからちょっとプロテインを混ぜてみたんだ」

「そうか……俺の体のことまで考えて……」

「うん。苦手じゃなかったら食べてね?」

「ああ。大事に飾っておく……」


 どこか感慨深そうに、ラッピング越しのクッキーを見つめる鈴木くん。


「うーん、湿気っちゃう前に早めに食べてくれるといいんだけどなー」


 その後、どの男子に渡しても、反応は似たようなものだった。

 喜んでくれるのは嬉しいけど、みんな、いくらなんでも男子から受け取ったお菓子へ見せる反応としては大げさすぎじゃないかな?

 でもそれだけ喜んでくれてるんだから、まあいいか。

 一通り男子にクッキーを配り終えて席へと戻ろうとすると、もじもじしている様子の女子たちが目の前に現れた。


「ねーね、葉山くん。も、もしかして私達の分ってあったりする……?」

「もちろん。ちょっと待っててね」


 普段使いしているリュックから別のトートバッグを引っ張り出す。

 女子向けにローカロリーなクッキーを手渡すと、彼女たちはニコニコと喜んでくれた。

「ていうか葉山くん、さっき『余り物だから』って言って渡したよね? みんなのために作ってきてくれてるんだから、余り物なんかじゃないんじゃない?」

「いやぁ、みんなのために作ってきちゃいましたって言ったら、ちょっと重いかなって思って……」

「そんなことないよー」

「葉山くんから贈り物されて困る人なんていないってば」


 女子からつんつん頬を突かれてしまう。

 オレは男子なのに威圧感とは無縁で、小柄だからいじりやすいのだろう。嫌な気はしないけどね。恥ずかしいってだけで。


「ホント、葉山くんって可愛い~。流石『お嫁さんにしたいランキング』で一位に選ばれただけあるよね!」

「王者ここにあり、って感じだよね。私も投票した甲斐があったわ~」


 盛り上がるクラスメイト女子。


 お嫁さんにしたいランキング一位。

 文化祭で頂戴してしまったこの不思議な肩書は、今のオレを象徴する言葉でもある。

 まあ、選ばれた当初は、男子なのにお嫁さんってどういうこと? という混乱で戸惑うことが多かったけれど、次第に慣れてきた。

 みんなが善意で選んでくれたらしいことは知っているから。

 それならオレは、その善意に報いるだけだ。


 クラスメイトにクッキーを配り終えたオレは、担任の先生が来る前にトイレに行っておこうと教室を出た。

 幸い、トイレには誰もおらず、落ち着いて用を足し終えたオレは、手を洗うついでに鏡を眺める。


 地毛の茶色がかった髪に、幼く見える大きな目。

 今のところ吹き出物が出る兆候は見えない肌。

 小柄で華奢な体つき。

 女子ですが何か? と言ってしまっても誤魔化し通せそうな柔らかい雰囲気の顔立ちを、鏡は映し出していた。

 断っておくけど、オレの名前は葉山はやま優季ゆうきといって、高校二年生の正真正銘男子生徒である。

 けれど、周りはそう思ってくれていないみたいなんだよね。


「……一度、トイレで出くわした男子を驚かせちゃったくらいだからなぁ……女子が男子トイレの小便器使ってる!? って……」


 あれは、入学直後の一年生の時だった。


「おかげであれ以降、トイレでは個室を使わないといけなくなったから、ちょっと不便になっちゃったけど」


 そんな扱いは今に始まったことじゃない。

 だから、中学生までは、男子に見えない自分の顔が嫌いだった。

 でも、いくら納得いかないからって、いつまでもいじけているわけにもいかない。

 顔のことを気にして、家ですんすん泣いていたら、瓜二つとよく言われるらしい母さんは自分の顔を息子に嫌がられていると思って傷ついちゃうかもしれないし。


 中学生の終わりに差し掛かる頃、オレは一念発起した。

 こんなオレだからこそできることはないかって考えたんだ。

 オレは、運動ができるわけでもないし、頭が滅茶苦茶良いわけでもない。笑いが取れるキャラじゃないし、背も低いし、食べても太らないから細いまま。

 でもオレは、家庭の事情で家事には自信があったし、何かと二人の妹の面倒を見ているから、他人のお世話をすることは得意だった。

 それなら学校でも、得意なことを強みにしようって思ったんだ。


 その結果、去年の文化祭で開催されたイベントの投票で、『お嫁さんにしたいランキング一位』という称号をもらった。

 うちの学校に伝わるネタ企画らしいんだけど、『お嫁さんにしたい』ってワードが持つイメージから、これまでの受賞者は女子ばかりで、男子の受賞はオレが初めてだそうな。

 複雑といえば複雑だけど、みんなから評価された結果と思うと、やっぱり嬉しいことには違いない。

 とはいえ、この見た目と振る舞いに加えて、そんな称号をもらったことで、みんなからちょっと勘違いされがちではあるんだけど。


「……オレは別に、男子を好きな男子じゃないんだけどなー」


 こんなオレにだって、片思いしている女子はいるのだ。

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