第16話 葉子の元カレ(side 弥生)

「吉崎君……」


 葉子が言う。近づいてきたのは葉子の元カレ吉崎睦彦よしざきむつひこ君だ。違う高校の制服を少し着崩している。昔から少し不良っぽい人だった。


「久しぶりだな、葉子」


「久しぶりね。じゃ」


「お、おい! 待てよ!」


 立ち上がろうとする葉子を手で止める。仕方なく葉子は座りなおした。吉崎君は井端君の横に座る。


「何よ。私は用は無いわ」


「俺はあるんだよ。なあ、あずさとはもう別れたんだ」


 梓というのはたしか吉崎君が浮気した相手だ。葉子と交際していたはずの吉崎君は春休み中に浮気がバレて、葉子が別れを切り出したと聞いた。


「私にはもう関係ない」


「関係あるだろ。やり直そうぜ」


「なんでよ」


「今フリーだろ? じゃあ俺でいいだろ」


「そんな話ならもう帰るから」


 葉子が立ち上がる。私も慌てて立ち上がってついていこうとした。


「待てよ!」


 吉崎君が葉子の腕をつかんだ。


「離してよ」


「話聞けったら。なんだよ、俺のこと大好きって言ってただろ」


「それは昔の話でしょ」


「ベタベタくっついてきてたくせに」


「もう忘れたわ。離して!」


 吉崎君はなかなか離さない。どうしようと思っているとそこに井端君が入ってきた。


「お前、離せよ!」


 力尽くで吉崎君を引き離してくれた。


「なんだよ、井端。邪魔するのか?」


 吉崎君が井端君をにらみつけた。だが、井端君はひるまない。


「ああ。嫌がってるだろ。それに昔の話を蒸し返して。そういうのはむかつくんだよ!」


「はあ? なんだそれ。お前が元カノにして欲しくないからか?」


 せせらわらうように吉崎君は言った。


「そうだよ……これ以上何か言うようなら、俺も容赦しない!」


 見たことが無い怒った顔で井端君が吉崎君をにらんだ。


「……はいはい、わかったよ。退散するから。じゃあな」


 急に弱気になった吉崎君は小走りで去って行った。


「はぁ……井端君、ありがとう……」


 葉子は椅子に戻り、力無く座った。気丈に振る舞っていたが、ショックは大きそうだ。


「葉子、大丈夫?」

「大丈夫か?」


「うん……なんとかね……」


「落ち着くまでここに居たほうがいい」


 井端君が葉子に声を掛けてくれる。

 

「うん……」


「何か飲むか? シェイクとか頼もうか?」


「ありがとう……でも、恐いからもう少しここに居て……」


「座りながら注文できるから」


 井端君はモバイルオーダーで注文しだした。なるほど、これなら席に居るまま届けてくれるか。


「吉崎君、あんな人だったんだ」


 私はぽつんと言った。


「正直、あいつのいい噂は聞かないんだよな。だからダブルデートもほんとは乗り気じゃ無かったんだ」


 井端君が言う。


「そうだったんだ……」


「でも、俺もあまりデートの経験無かったから勉強になるかと思って」


「あまり経験が無いようには見えなかったけど……」


 葉子が言う。


「いろいろ勉強して行ったからな」


「そうだったんだ……」


 シェイクが来て3人で飲みだした。


「今日はほんと井端君に助けられたな……何かお礼するから」


 葉子が言う。


「いいよ、お礼なんて」


「させてよ」


「いらないから。さ、帰るか」


 私たちは3人で店を出て、路面電車の停留所に歩いて行く。


「早速お礼させてもらっていい?」


 葉子が井端君に言う。


「え? 何するんだ?」


「これ」


 そう言って、葉子は井端君の腕に抱きついた。


「ちょ……お前!」


「ふふ、いいでしょ。黒髪美人好きなんでしょ。私でもいいじゃん」


「お前なあ。嬉しいけど、やめとけ」


「あ、嬉しいんだ」


「まあな。タイプだし……」


「そうでしょ?」


「でも、もういいよ。勘違いしたくないから……」


 井端君が腕をほどいた。


「えー、残念……」


 私はそれを見て驚いていた。あんなに葉子が甘える感じなのは見たことが無かった。太陽君にも見せたことが無い表情だった。

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