第38話 二人(side 文佳)

「それにしても『推し』と2人きりになれるなんて思ってなかったわ」


 私、上山文佳はバスセンター地下のフードコートで上機嫌で言った。


「二人では遊びに行きたくないって言ってなかったか?」


 太陽君が言う。


「そりゃそうよ。誰にでも優しい太陽君だし、私だって勘違いしちゃうもの」


 コーヒーを飲みながら言った。


「俺は誰にでも優しいわけじゃないぞ」


「そうかしら。少なくとも、女子には誰にでも優しかったように見えたけど」


「そんなことないだろ」


 太陽君が少し不満そうに言った。


「ふふ。私が1時間だけでも太陽君を独占してるなんて、中学の頃の私に言ったら驚くわね」


「なんでだよ」


「だって、あの頃の私は太陽君を遠くから見てるだけだったから」


「俺だってそうだったぞ」


「え?」


「俺だって上山文佳を遠くから見てるだけだった」


「はあ? 私の事なんて眼中に無かったくせに」


 まったく。勘違いさせるようなことばかり言って……


「そんなことないって」


「あるわよ。いっつもいろんな女子と居たくせに」


「それは向こうから来るんだから仕方ないだろ」


「あらあら、モテる男はつらいわね」


 太陽君はすぐ自慢する。


「そうじゃない、いや、そうかもしれないけど……向こうから来るから相手しているだけで……」


「ふーん、さすがね」


「だから、上山さんが眼中に無かったなんてことは無いぞ」


「ま、証明は出来ないわね」


 お上手だこと。こうやって、女子を落としてきたんでしょう。


「だって、そうだろ。俺は話しかけたくても話しかけられなかったんだ」


「私に話しかけたかったって? 嘘ばっかり」


「ほんとだよ。結構、目合ってたろ」


「……まあ、私は自分の『推し』をつい目で追ってたし」


 そうだ。あの頃、気がつけば私は太陽君を見ていた。そして、目が合っては喜んでいた。


「いろんな女子と目合わせてたんでしょ」


「そんなわけあるかよ」


 太陽君が少しふてくされたように言った。


「ふふ。そう言ってくれるだけで嬉しいわよ。この学校に来た甲斐があるってもんだわ」


「お前……何でこの学校に来たんだろうって思ってたけど、まさか――」


「ち、違うから……あなたを追ってなんかじゃない。偶然よ。私もたまたまここを選んだだけ」


「こんな遠い学校を?」


「そうよ。私もあなたと同じ。前の中学の子がいなさそうなところを選んだだけよ」


「ふーん……まあ、そうか。俺たちがここを受けることは大人以外には誰にも話してないからな」


 太陽君は納得してくれたようだ。


「そうよ。知らなかったら追いかけるなんて出来ないでしょ」


「ま、そうだな。俺の考えすぎか」


「まったく……自意識過剰よ」


「う、うるさいな。お前が俺を追いかけてきたって思いたかったんだよ」


「え?」


「でも、それは無いって知ってるし。変なこと言った。忘れてくれ」


「う、うん……」


 私たちの間に沈黙が流れた。


「そういえば、あの二人、うまくやってるかしら」


「長月か。どうだろうな。あいつもこじらせてるし」


「そうね。ほんとバカなんだから。素直になればいいのに」


「全くだな。そういう意味ではお前と長月は似ているな」


「な、なんでよ! 私とあんなバカ一緒にしないで」


 私は怒った。


「そうか? 俺はどちらにも素直になって欲しいけどな」


「今の私は素直よ。そうでしょ?」


「いや、お前は相当だぞ」


「はあ? ってまあ、そうか……私の性格の悪さは中学でも有名だったもんね……」


 顔はいいけど性格が悪いって、陰口たたかれていることは知っていた。


「こんな性格で太陽君とどうにかなりたかったって、ほんと笑える。だから、今は素直になって、あきらめてるのよ。安心して」


「ほんと、お前はひねくれてる」


「何よ。でも、こういう役得な時間は私の好きにさせてもらうわ」


 そう言って、私は太陽君をじっとみつめた。太陽君は照れたように目をそらした。


「ふふ、かわいい」


「からかうなよ」


「いいでしょ。私に与えられた時間はこの一時間だけ。それが終われば魔法は解けるから」


「シンデレラかよ」


「そうよ、推しの王子様」


 私はまた太陽君をみつめた。


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