第26話 帰り道(side 弥生)
「久しぶりにいっぱい歌ったなあ」
井端君が言う。
私たちは遊戯施設から熊本駅へ歩いて戻っていた。先頭に居るのは井端君と葉子、その後ろに太陽君と長月君。私、水崎弥生は後方から文佳と一緒に歩いていた。
「で、どうだった?」
文佳が小声で聞いてくる。
「どうって?」
「だから、今日二人で結構居たでしょ。仲良くなれたんじゃない?」
文佳は私と長月君のことを応援してくれている。
「うーん、どうなんだろ……」
「何よ、手応え無かったの? カラオケとかいい雰囲気に見えたけど」
「そうかもしれないけど……どうも勘違いされてるみたいで」
長月君は私が太陽君を狙っていると思っているようだった。その場で否定しようとも思ったけど、私がそう言ったところで信じてくれるかは分からないし、どうしていいかがわからなくなってしまった。
「勘違い? ああ、あいつ、こじらせてるみたいだしね」
文佳が言う。
「こじらせてる?」
「うん。みんな太陽君が好きって思ってるから」
そう言う文佳も以前に同じことを言っていたような気がするけど……
「弥生がもっとアピールして信じさせるしかないね」
「結構したんだけどなあ……」
「今日は良かったと思うよ。でも、あいつ鈍感だから」
「うん……」
私は少し暗い気分になった。けど、せっかくみんなが楽しんでいるのに私だけ沈んでは居られない。気分を入れ替えよう。そう思って今度は文佳に聞いてみることにした。
「文佳もいい雰囲気だったよね」
「え、私?」
「うん。太陽君と」
「私は今日だけ『推し』と楽しませてもらっただけよ」
「そうかな。太陽君、文佳に優しかったように見えたけど」
「太陽君は誰にでも優しいから」
「ん? 何か言ったか?」
そこで太陽君が振り返ってきた。
「あんたが誰にでも優しいって話」
文佳が言う。
「そんなことないぞ」
「あるわよ。あ、可愛い女子限定か」
「自分で可愛いとか言うなよ」
「あれ? 私に優しくしてた自覚あるんだ」
「お前なあ……まあ、上山さんには優しくしてたかな」
太陽君が頭をかいて言う。あれ? なんか少し照れているような。いつも堂々としているのに珍しい。
「まあ、私は可愛いからね」
「まったく……可愛いけど自分で言うなよ」
「!! 太陽君が私のこと可愛いって言った!」
文佳が私の腕を引っ張る。
「なんだよ」
「ありがと。一生の思い出にする」
「お前な……大げさだろ。俺のことなんだと思ってるんだ」
「え、中学からの『推し』だけど」
文佳がそう言うと、太陽君はさらに顔を赤くしていた。
「なんだよそれ、からかうなよ」
そう言って、前を向いた。
「ふふ、可愛かったね、太陽君」
文佳が私に言う。
「ねえ、文佳……」
私は真面目な顔をして言った。
「何?」
「ほんとにあきらめてるの?」
「何よ。あきらめてるわよ。だから今日だけだって。今日だけは楽しませて……」
文佳の横顔は少し寂しそうだった。
「うーん、私が見る限り、あきらめる必要は無さそうだけど」
「何それ」
「わかんないけど……いい感じだと思うよ。太陽君と文佳」
「いいわよ、気を遣わなくても」
「正直に言ってるんだけど」
「はいはい、ありがとう。あんたはほんといい友達だわ」
文佳は笑顔で言った。
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