第56話 芦北の海

 俺たちはいよいよ、聖地中の聖地である「部室」に向かう。『放課後ていぼう日誌』に登場する「部室」はモデルがあり、海岸沿いにそっくりの建物がある。といっても、そこは本当は部室では無く漁師さんの倉庫的なところらしい。だから中に入ったりすることは出来ないが、近くで写真を撮るファンは多かった。


 俺たちはレンタサイクルで「部室」に向かった。


「うわあ、海だ!」


 弥生が叫ぶ。道の左側には海が見えてきた。潮風を感じながらレンタサイクルで進む。


「部室どこだろう……」


「もう少し先だ」


 俺は後ろから弥生についていく形だ。やがて、弥生が見つけた。


「あった! 絶対アレだ。そっくり!」


 弥生のテンションが上がった。


「おお! すごいな!」


 俺もかなり興奮してきた。近くにレンタサイクルを停め、写真を撮る。建物もそうだが、近くの木や堤防との位置関係が全く同じだ。さらに釣りの舞台となった堤防にも行ってみた。


「実際に来るとちょっと狭くて恐いね」


 弥生が言う。


「海に落ちないようにな」


「う、うん。光輝、ちょっと恐いから手をつないでもらっていいかな」


「もちろん、いいぞ」


 俺と弥生は手をつないで堤防の一番先端まで行ってみた。


「うわあ、アニメの世界だね」


「そうだな」


 実際に釣りをしている人も居るし、まさにアニメの中の世界だった。

 弥生は海に落ちるのが恐いのか、俺にしがみつくようになっている。

 俺はやがて弥生の肩を抱きかかえるようになっていた。


「大丈夫か?」


「う、うん。ありがと」


 俺たちはレンタサイクルに戻り、最後の目的地に向かう。それは鶴ヶ浜海水浴場だ。アニメではここでも釣りをしている。少し離れているが、レンタサイクルではあっという間だった。ここには売店もある。俺たちはたこ焼きと飲み物を買って、海岸に向かった。


 もう日が落ちかけている。夕日になりつつある時間帯だ。 時季外れで人は居なかった


「綺麗だね」


 弥生が言う。


「そうだな」 


 俺たちは並んで座った。たこ焼きを食べてしまうと、もう波音を聞くだけになった。


「光輝、今日はありがとう。すごく楽しかった」


「そ、そうか」


 俺は弥生を見た。言いたいことは分かっているが、緊張して言葉出てこない。


「大丈夫だよ」


 弥生が俺の手を握ってきた。俺の心は落ち着いてきた。


「ありがとう、弥生。少し話いいか?」


「うん」


「俺の周りの女子達はいつも太陽を見ていた。だから俺は自分が恋愛できるなんて思っていなかったんだ。俺を好きになる女子なんて居ないと思っていた」


「そんなことないよ」


「でもそうだったんだよ。太陽は何回も告白されていたが俺は一度も無い」


「だって神田さんとか……」


「そうだな、寿々の件は俺がバカだった。だけど、結局は寿々からも何も言われてないんだ」


「そうだけど……」


「だから自分が誰かに選ばれる人間なのか、自信が無い。こんな事をしている今でも」


 すると弥生は俺の手をぎゅっと強く握って言った。


「私が選ぶよ。私は光輝を選ぶ。誰でも無く、光輝を」


「弥生、いいのか?」


「もちろんだよ。私は……光輝が好き!」


「弥生、俺も好きだ。俺と付き合ってくれ!」


 俺はついに言った。


「私こそ……よろしくお願いします」


 弥生は頭を下げ、笑顔で俺を見た。

 その顔を聞いて肩の力がすっと抜けていった。


「弥生、俺を選んでくれてありがとう」


「こちらこそ。私を好きになってくれてありがとう」


 俺たちは二人で見つめ合い、そして抱き合った。



――――

※次話で最終話となります。

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