第48話 水前寺公園(side 文佳)

「こっちよ」


 路面電車を降りた私・上山文佳は、水前寺公園に来たことが無いという霜村太陽を連れて通りを歩く。


 参道を過ぎて入場料を払い、水前寺公園内に入った。日曜なので観光客も多い。ここは江戸時代の庭園だ。大きな池があり、富士山の形を模した小さな山などがある。


 だが、私はそれよりも、入ってすぐのところに居た猫に惹きつけられた。


「わぁ、猫ちゃんが居るわ」


 私は猫が好きだ。猫を見るとすぐなでたくなる。ここの猫は人に慣れていて、すぐになでることができた。


 それを見て太陽君が言う。


「やっぱり上山さんは猫が好きだな」


「知ってたの?」


「うん。だって、中学の時も野良猫をなでたりしてたろ」


 確かに私はときどきそんなことをしていた。でも、そこに太陽君が居た記憶は無い。


「見てたの?」


「ああ。言ったろ、いつも遠くから見てたって」


「じゃあ、例えばどこで?」


「そうだな、学校そばのコンビニとか」


 確かにそこで猫をなでたことが何回かあった。


「ほんとに見てたんだ」


「嘘つくかよ」


「でも、たまたまでしょ」


「そうじゃない。結構見てたぞ。そういえば、中学の時、猫のボールペン使ってたろ」


「よ、よく知ってるわね」


「ああ。鞄にも猫のキーホルダー付けてたよな」


「なんで知ってるのよ」


「だから見てたんだって。お前のこと」


 太陽君が私を見つめる。私が太陽君に気を取られたせいで、いつの間にか猫には逃げられていた。


「どうやらほんとみたいね……」


「ほんとだって。信じてくれよ」


「わかったわ。それについては信じる。じゃあ、行きましょ」


 私たちは水前寺公園の中を散策した。子どもの頃の記憶よりも結構広い。一周する頃には私はくたくたになっていた。


「休むか?」


「そうね。体力落ちたわ」


 私たちはソフトクリームを買って座った。2人で食べながら庭園を眺める。入り口で出会った猫がまた近づいてきた。それでさっきの話を思い出した。


「それにしても、ほんとに私のこと見てくれてたのね」


「だから言ったろ」


「でも、なんで?」


 私は思わず聞いてしまう。


「言っていいのか?」


 太陽君は私をじっと見て言った。


「いいわよ。なんでなの?」


「そりゃ、お前が好きだったからだよ」


「はいはい、そう言うと思ったわよ。で、本当の理由は?」


 何かあるはずだ。例えば私と仲のいい子を狙っていたとか。


「ほんとなんだけどなあ。男が女を見つめる理由にそれ以外あるか?」


「私を喜ばせようとしなくていいのよ。私は既に太陽君が好きなんだから」


 私はそういった。


「喜ばせようとはしていないな。むしろ、嫌われないか不安だらけで話してるぞ」


「私が太陽君を嫌うわけ無いでしょ」


「ほんとか?」


「ほんとよ」


「じゃあ、こういうことをしてもか?」


 太陽君が顔を近づけてくる。まるでキスするかのように。


「やめてよ、からかうのは」


 私は太陽君を軽く突き放した。


「ダメか?」


「ダメよ。そういうのは好きな人として」


「だからしてるんだが……」


 もう一度太陽君が顔を近づけてくる。私は今度は突き放さなかった。


 二人の唇が軽く触れた。


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