第2話 特別だから
放課後。将棋部の部室。
「うーん」
腕組みをしながら唸り声をあげる僕。目の前には、対局途中の盤面。形勢は明らかに僕の方が劣勢。このままでは、あと十数手後には投了しなければならないでしょう。ですが、せめて一矢報いるような手を指したいところです。
チラリと盤の向こうにいる師匠に視線を向けます。師匠は、将棋とは全く関係のない本を読みながら、僕の次の手を待っていました。
「師匠って、対局中に本読んでること多いですよね」
「そうだね。あ、嫌だったかな?」
「いえ。別に嫌とかじゃないですよ。ただ、ちょっと不思議だなと思っただけで」
師匠はプロ棋士の一人です。となれば、対局中の作法に関して指導されることも多いでしょう。対局中に本を読むなんて、それこそ真っ先に否定されそうなもの。といいますか、僕自身、師匠以外にそんなことをする人を見たことがありません。まあ、リアルの対局ではなくてネット上の対局とかなら話は別なんでしょうけど。
「うーん。君以外と対局するときはしないんだけどね」
「え?」
僕以外には、しない?
「君との対局はほら、特別だから」
特別だから……特別だから……特別だから……特別だから……特別だから。
頭の中で、何度も何度も師匠の言葉が繰り返されます。最初は首をかしげてしまった僕。ですが言葉の意味を理解した時、顔の温度が急激に上昇していくのが分かりました。
「し、師匠!? そ、それってどういうことです!?」
「どういうことと聞かれても。ただ事実を言っただけだよ」
「あ。わ、分かりました。また僕をからかってるんですね」
「……どうだろう?」
曖昧な答えを返す師匠の顔には、同じく曖昧な笑みが浮かんでいました。
え、ええ? どっち? からかってるの? からかってないの?
これまで何度、師匠に混乱させられたでしょうか。顔を熱くさせられたでしょうか。心臓を痛くさせられたでしょうか。その数は、もう両手の指では数えきれないほどです。
「そういえばさ。君、今は対局中でしょ。次の手、考えなくていいの?」
指を下に向けながら、師匠は僕にそう告げます。指の向かう先にあるのは、つい先ほどまで僕が見つめていた将棋盤。
「す、すいません。って、師匠がそれを言いますか」
「読書はしてるけど、私はちゃんと次の一手も考えてるよ」
「え。そ、そうなんですか?」
「もちろん」
再度本に視線を落とす師匠。今の言葉が嘘だとは到底思えません。さすがプロ。
僕は小さく首を振り、将棋盤とのにらめっこを再開させるのでした。
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