STORY2 私の心は知らぬ間に⑧
「ごめんなさい。取り乱しちゃって」
目に少しだけ溜まった涙を拭いながら、私は小さくそう告げた。心の中は恥ずかしさでいっぱい。部長の前、加えて今日初めて会った男の子の前で泣いてしまうなんて。穴があったら入りたいと人生で初めて考えてしまった。
「あの……いえ。なんでもありません」
何かを言いかけて口をつぐむ彼。先ほどまで私を見つめていた視線が下にそれる。
「本当にごめんね。せっかくの部活動見学なのに、嫌なもの見せちゃった」
「そ、そんな。謝ることないですよ。それにほら。悪いのは、急に変なこと言っちゃった僕ですし。つくづくどうしようもないと言いますか。お口チャックなんて言葉ありますけど、本当にチャック付いたりしませんかね。今日の戒めとして」
「君、さすがにそれはやりすぎだよ」
「で、ですよね。すいません」
きっと彼はこの場を和ませようとしてくれたのだろう。初めて来た場所で緊張しているはずなのに。初対面の人しかいない空間で肩身が狭いはずなのに。そして、私の涙に困惑しているはずなのに。
彼の頑張りがどこか可愛くて、嬉しくて。私は思わず笑って「ありがとう」と告げていた。
「――――」
私の言葉に、彼の目が見開かれる。その後、彼が何かを呟いたような気がしたが、私にはよく聞こえなかった。
「ん? 君、何か言った?」
「え? ……あ。い、いや。な、なんでもないです。ないでもないですから」
真っ赤になる彼の顔。そんなに恥ずかしいことを呟いてしまったのだろうか。
それにしてもなんだろう。彼を見てるとムズムズする。心の奥底から、よく分からない感情が湧き上がってくる。
「そこまで否定されると気になるね」
「き、気にしないでください」
「少しだけでも教えてほしいな」
「む、無理です」
「……君、結構からかいがいがありそうだね」
彼がこの部室を訪れて経った時間は微々たるもの。それなのに、もっと彼と一緒にいたいと思っている自分がいる。
どうして私……って、あれ?
不意に気がつく。自分の体が明らかに軽くなっていることに。まるで、ずっと全身にまとわりついていた重りが取り払われたような感覚。
お昼に飲んだ薬のおかげ? いや、時間的にも効果が切れる頃合い。そもそも、薬でここまで体が軽くなったことなんてない。これまでとは違う何かが理由のはず。
思い当たる節があるとすれば、一つしかない。
もしかして。
理由は。
彼?
「あのさ。少しいいかな?」
突然、これまで黙っていた部長が口を開いた。いつにもまして神妙な面持ち。彼女のこんな表情は初めて見る。
「君、明日もここに来れる?」
「へ?」
部長が彼に告げたのは、驚きの提案だった。
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