第3話 君は本当に相変わらずだね

 放課後。将棋部の部室。


「うーん。分からない」


詰将棋つめしょうぎ?」


「はい」


 僕は、持っていた詰将棋の本を師匠に向けて開きました。詰将棋とは、相手の王様を詰ませる手順を考える問題。言い換えればパズルのようなもの。対局の終盤における力をつけるために重要とは言われますが、正直僕は得意ではありません。


「ふむ」


 本を覗き込む師匠。その数秒後。


「4三ぎん。5三ぎょく。7一かく同金どうきん。5四金。6二玉。6三金までの七手詰だね。7一角で相手の金をずらすっていうのがポイントか。うん。いい問題だと思うよ。実践でも出てくるかも」


「や、やっぱり早いですね」


 僕が十分以上考えて解けなかった問題を、師匠はパッと見ただけで解いてしまいました。さすが。


「ありがと。君に褒めてもらえるのは嬉しいよ」


 そう言って、師匠はニコリと微笑みました。僕の心臓が、先ほどよりも速い鼓動を刻み始めます。


 にしても、今更ではありますがあまりにおかしいですよね。目の前にいる彼女が女性初のプロ棋士で、しかも僕の師匠だなんて。


 プロ棋士は、奨励会というプロ育成機関を突破した人しかなれず、例外はあるものの、基本的には年間で四人しか生まれません。これまで、女性で奨励会を突破した人はいませんでした。プロ棋士は男性の世界。そのイメージを打ち破ったのが師匠なのです。これだけでも話題性があるのに、現役の女子高生がそれをやり遂げたとなれば、話題性はさらに高まります。一時期は、連日連夜ニュースで報道されていました。


 ちなみにですが、将棋の世界で活躍している女性もいるにはいます。ですが、それは皆『女流棋士』と呼ばれる人たち。プロ棋士とはまた別枠の存在です。将棋を知らない人にとっては分かりにくい違いですけど。


「ふう。もっと頑張らないとですね」


「頑張るって、将棋を?」


「はい。もっともっと強くなって、師匠をびっくりさせられるようになりたいです」


 分かっています。自分が無茶な宣言をしていることくらい。プロの世界で戦う師匠と、毎日をのほほんと生きている僕。二人が立っているのは全く別の場所。きっと、僕の想像する努力なんて、師匠が普段やっている十分の一にも満たないでしょう。


 だからといって、投げやりになっていいわけがありません。僕と将棋を指してくれる師匠のために。そして、僕が彼女をこれからも師匠と呼ぶために。


「私をびっくり、か」


「覚悟しててください」


「ふふ。君は本当に相変わらずだね」


 相変わらず。その言葉の意味が分からず、僕は首をかしげました。


「よく分かってないって感じかな?」


「お、お恥ずかしながら」


「さて、どういう意味でしょう?」


 いつも以上に楽しそうな様子で、師匠はそう問いかけるのでした。

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