STORY1 あの日、彼女の涙を見た③

 違和感。


 確かな違和感。


「私の名前は……って、言わなくても分かるかな?」


 僕に向けられたその笑顔は。


 その微笑みは。


 いつかテレビのニュースで見たことがあるはず。


 それなのに。


 明らかに、おかしいと感じる何かがありました。


「えっと」


「どうしたの? もしかして、緊張してる?」


 コテンと首をかしげる彼女。先ほどよりもほんの少しだけ上げられる口角。


「その」


「せっかく来てくれたんだし、一局指したいところだけど。あいにく、部長の言う通り時間がなくてね。ごめんよ」


 そう言って、彼女は小さなため息を吐きます。


 顔に浮かぶ微笑みを、少しも絶やさずに。


 …………


 …………


 あ。


 その時でした。僕が、彼女から感じる違和感の正体に気がついたのは。


「あの……」


「ん?」







「疲れてませんか?」







 発言してからやばいと気がつきました。初対面の人、いや、初対面の有名人に向かって、いきなり「疲れてませんか?」だなんて。不審にもほどがあります。


 ですが、僕の口は勝手にその言葉を紡いでいたのです。テレビを通してではなく、直接目の前で見た彼女の笑顔。それが、あまりにも引きつっているように見えて仕方なかったから。


「え?」


 突然のことに彼女は目を丸くします。座っていた椅子から立ち上がり、一歩後ろへ。椅子の脚が床にこすれ、ガガッという不快な音が部室に響き渡りました。


「ちょ。君、急に何言ってるの?」


 眉根を寄せながら尋ねる部長さん。先ほどまでの優しい印象はどこへやら。明らかにこちらを警戒しています。


「す、すいません。つい変なこと口走っちゃって」


「つい? ひょっとして、無意識でそう言ったわけ?」


「う。本当にすいません。でも、すごく疲れてるような感じだったので」


「んー。そうは見えないけどなあ。にしても、いきなりすぎるって。私、びっくりしちゃったよ」


「で、ですよねー。あ、あはは」


「「…………」」


「はは……は」


「「…………」」


 訪れる気まずい沈黙。僕を貫く二人の視線。


 あ、やばい。絶対変な人って思われた。


「ぼ、僕、今日はこれで失礼しますね。ありがとうございました」


 クルリと踵を返し、部室の扉を開ける僕。心臓はドキドキと早鐘を打ち、顔は燃えるように熱くなっています。これ以上ここにいたら、もうどうにかなってしまいそうです。


 何してるんだろ、僕。まだここに入学すらしてないのに。


 僕は、逃げるように部室の外へ……。


「ま、待って!」


 その大きな声に、僕は思わず振り返りました。


 僕を呼び止めたのは、先ほどまで引きつった笑顔を浮かべていた彼女。今は、ただただ強張った表情がそこにあります。彼女の横では、部長さんが「ど、どうしたの?」と言いながら、僕と彼女を交互に見比べていました。


「な、何でしょう?」


「……君、私が疲れてるって言ったね」


「は、はい」


「私、そんなに疲れてるの?」


 果たして、それは僕に向かっての問いかけでしょうか。それとも、彼女自身に向かっての問いかけでしょうか。


「す、すいません。それ、忘れてくだ」「謝らなくていいから。本当のこと、教えて」


 僕の言葉を遮るように、彼女は言葉を放ちます。得体のしれない迫力。漂う緊迫感。


「えっと。何となく、そう思いました」


「……そっか…………そっか………………そ……っか」


 次の瞬間。


 彼女の目から、涙がこぼれ落ちました。

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