STORY1 あの日、彼女の涙を見た②
いくつかの部活動を見学した後、いよいよ目的の将棋部へ。
事前に渡されていた校内地図を見ながら、学校の東館に向かいます。どうやら、そこが部室棟のような扱いになっているそうです。
本校舎を突っ切り、所々赤錆の目立つ外廊下を通っていくと、見えてきたのは東館入り口。外側から見た屋内はとても薄暗く、本当に鍵は開いているのかと錯覚してしまうほど。
鈍い音とともに扉を開けて中へ。高鳴る胸を抑えながら、将棋部の部室がある三階を目指して階段を上ります。
「なあなあ。どうする?」
突然聞こえた声。見ると、二人の男子生徒が階段を下りてきていました。身につけている制服は、この高校の指定服とは別物。おそらく、彼らも僕と同じ来年度の新入生なのでしょう。
「いやー。俺、将棋分かんないしいいかな」
「俺も。まあ、有名人が見れたってだけで良しとするか」
「だな。よっしゃ。この後ゲーセンでも行こうぜ」
談笑しながら僕の横を通り過ぎる二人。
あ。やっぱりいるんだ。よかった。
正直、不安な気持ちはあったのです。なにせ彼女はプロ棋士。研究やら取材やら、毎日忙しいに違いありませんから。
会ったらどんな話しよう。いや、そもそも上手く話せるかな。自信ない。
「ん。んん」
無駄な咳払いをしながら、階段を上り切ります。薄暗い通路を奥へと進み、見えてきたのは『将棋部』と書かれた小さな看板。
その目の前に立ち、深呼吸を一回。二回。三回。
「……よし」
コンコン。
扉をノックすると、向こうから『はーい』と女性の間延びした声が聞こえました。
「す、すいません。部活動見学したいんですけど、いいですか?」
「いいよー。開いてるから入ってー」
もう一度深呼吸をしてから扉を開ける僕。中にいたのは二人の女生徒でした。
「ようこそ、将棋部へ。私がここの部長だよ」
僕に笑顔でそう告げるのは、胸に黄色いリボンをつけたショートヘアーの女生徒。垂れ長の目が優しい印象を与えてくれます。
「ど、どうも、部長さん。ぼ、僕、来年ここに入学する予定でして」
「そっかそっか。来てくれてありがとうね。ちなみに、将棋はできるの?」
「い、一応、小さい頃からやってます」
「わお。これはなかなか有望だねー。ちょっと一局……って、時間的に難しいかな? あと少しで部活終わっちゃうし」
時計を見上げる彼女につられて、僕もそちらに視線を映しました。針が指し示す時間は十七時四十分。あとニ十分で、部活動の時間が終わってしまいます。どうやら他の部の見学に時間をかけすぎてしまったようです。
「おっと。私ばっかり話してちゃいけないね。ほらほら、あなたも話さないと。というか、今日来た人は皆あなたに会いに来てるんだから」
そう言って、彼女は横にいる女生徒に声を掛けます。
黒髪長髪。透き通った肌。胸上には赤いリボン。彼女の正体は言うまでもありません。現役の高校生。かつ将棋界初の女性プロ棋士。
「初めまして」
テレビ越しでしか見たことのなかった彼女が、まさに今目の前に。
…………
…………
あれ?
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