STORY1 あの日、彼女の涙を見た①

 三月一日。その日、僕が四月から通う予定の私立高校で、入学説明会が行われていました。人の大勢集まった体育館の中は温かく、目を閉じでもすると一瞬のうちに眠ってしまいそうでした。


「さて。以上で説明会を終わります。皆さん、お疲れさまでした」


 校長先生の言葉に応じるように、僕を含め入学説明会に参加していた人たちは軽く頭を下げます。


「この後は気をつけてお帰りください。校内では十八時まで部活動を行っています。見学は自由ですので、気になる部活動がありましたらぜひ」


 入学説明会で部活動見学というのも珍しい気がしますが、これも私立高校ならではなのでしょう。


 説明会前に渡されたパンフレットをパラパラとめくる僕。数ページ過ぎたところで見つけたのは、部活動一覧の文字。もちろん中学校にも部活動はありましたが、その二倍はあろうかと思えるほどの部活動名が記載されています。


 あ。本当にオカルト研究部がある。こういうの、現実にはないと思ってた。


「さて。お母さんはこのまま帰るけど、あんたはどうするの?」


 僕の横に座っていた母が、立ち上がりながら僕にそう尋ねました。


「部活、見ていくよ。先帰ってて」


「はいはい。まあ何となく、あんたは将棋部になるんじゃないかと思うけどね」


「いや、分かんないよ。オカルト研究部に入っちゃうかも」


「なにそれ。興味ある」


 小学校低学年の頃。僕は、将棋好きの祖父に影響されて将棋を指すようになりました。祖父が毎週通っている将棋同好会に付いていってみたり、町の小さな将棋大会に参加してみたり。あまり一つのことが長続きしない僕でしたが、将棋だけはこれまで指し続けてきたのです。理由はよく分かりませんけど。


 この高校に行きたいと思ったのも、祖父から「あそこには将棋部があるぞ」と聞いていたからだったり。母には秘密ですけどね。


「あ。将棋部を見学するなら、最後の方がいいわよ。最初の方は多分混みあってるから」


「え? なんで?」


「なんでって。この学校でしょ。あの有名な子がいるの。その子を一目見たい人、多いんじゃないかしら」


 言われてハッと気がつきました。そう。ここにはあの人がいるのです。今年、プロ入りを果たした現役女子高生。プロ育成機関である奨励会を女性が突破するのは難しい。そんな考え方を真っ向から打ち壊した人。


 連日連夜ニュースで報道されていた彼女のことを知らない人はほとんどいないでしょう。今や超有名人。そういえばとあるニュースで、彼女の通っている学校としてここが紹介されてましたっけ。


「そっか。じゃあ、将棋部は最後に回ろうかな」


「ん。そうしなさい」


 あの人に会えるかも。あわよくば一局。そんな期待が、僕の胸を高鳴らせていました。

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