第12話 ノーコメントで!

 放課後。将棋部の部室。


 例によって師匠は対局でお休み。どうやら最近は調子がいいようで、直近の対局では連勝しているようです。


 師匠、頑張ってください。


「ん? 弟子ちゃん、今何か言った?」


 不意に、目の前にいる部長が尋ねてきました。ちなみに今、彼女は授業の課題に取り組んでいます。聞いた話によると、次の授業で事前課題の解説をしないといけないんだとか。三年生は大変ですね。


「いえ。何も言ってないですよ」


 もしかしたら、応援の声が漏れていたのでしょうか。危ない危ない。


「ふーん」


 対して気にする様子もなく課題に戻る部長。テーブルに広げられた教科書とノート。そこに書かれているのは、よく分からない数字の羅列。あと二年後には同じ課題に取り組まないといけないと考えると、どうにも憂鬱な気分になってきます。


「あー、もう。ちょっと休憩しよ。弟子ちゃん。何か面白い話して」


「き、急に言われても困ります。そんなにすぐ思いつくわけないじゃないですか」


「ふむ。じゃあ泣ける話でもいいよ」


「どうしてハードル上げるんですか。余計に無理ですって」


 手を左右に振りながら断る僕。部長が無茶振りしてくるのにはなれましたが、さすがに何でもかんでも応対できるほど僕は万能ではありません。


「そっかー。それなら、私から弟子ちゃんに何か質問しようかな」


「質問?」


「そ。今から簡単な質問するから、弟子ちゃんは正直に答えてね」


「まあ、それくらいなら」


 僕が頷くと、部長は自分の髪先をクルクルと弄び始めました。数秒後。彼女の口角が吊り上がります。まるで悪魔のように。


「じゃあ聞くね。さっきも言ったけど、正直に答えるように」


「は、はい」


 あれ? なんか嫌な予感。


「弟子ちゃんの好きな色は?」


「水色ですね」


「ほうほう。じゃあ、将来の夢は?」


「うーん。具体的には決まってないですけど、誰かを支えるような仕事がしたいです」


「なるほどね。いい夢じゃん」


 あ。結構普通。


 どうやら、先ほどの嫌な予感というのはただの杞憂だったようです。よかったよかった。


「次の質問ね」


「はい」


「弟子ちゃんはさ。いつ師匠ちゃんに告白するの?」


 …………


 …………


「はいいいいいいいいい!?」


 僕の叫び声が、部屋中に響き渡りました。おそらく部屋の外にまで。


「ねえねえどうなの? いつ告白するの?」


「こ、こここ告白って。そ、そそそそんなの。え、えっと。えっと」


「あれ? もしかして、師匠ちゃんのことは嫌い?」


「違います!!」


「おおう。即答も即答だね」


 師匠のことが嫌いだなんて、そんなことはありえません。ですが、それとこれとはまた別の話。


「ぼ、僕と師匠はですね。た、ただの師弟関係でして。こ、告白とかは……」


「ふむふむ。ただの師弟関係ね。けど、それが変化するってこともあるんじゃないかな」


 腕組みをしながら僕を見つめる部長。彼女の言葉に、僕は何も答えられませんでした。どんな返答をしたところで、それがただ取り繕ったものにしかならないと思ったのです。


 僕が師匠に告白? 


 そんなの……。


 そんなの……。


 あるわけ……。


 ある……わけ……。


「私としては、二人の関係がもっと進んでほしいんだよねー。実際どうなのさ。弟子ちゃんは、師匠ちゃんと恋人になりたいとか思ったことないの?」


「の、ノーコメントで!」


「ありゃりゃ。そうきたか」


 その後、僕は何度も何度も「ノーコメントで!」を繰り返すのでした。


 にしても、不思議ですよね。


 僕と師匠の関係を作った人から、こんな質問をされるなんて。

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