STORY1 あの日、彼女の涙を見た④
「「え!?」」
僕と部長さんの声が重なります。今目の前で起こっていること。それが現実だとは到底思えませんでした。思わず自分の右手が頬をつねってしまうほど。
「あ。ち、ちが。こ、これは、その」
声を震わせながら目を拭い続ける彼女。ですが、その涙が止まることはありません。むしろ、後から後からどんどん溢れ出してきます。
「違う。ヒグッ。違う、の。グスッ」
僕は、つい先ほど部室から逃げようとしていたのも忘れ、無言で彼女を眺めていました。「どうしたんですか?」とか「大丈夫ですか?」とか、簡単な声かけすらできないほどに僕の体は固まっていたのです。そして、どうやらそれは部長さんも同じだったようで。
「グスッ。う、ううううう。ヒッグ」
夕日の差し込む将棋部の部室。そこに、彼女の嗚咽だけが静かに響いていました。
♦♦♦
どれくらいの時間が流れた頃でしょうか。
「ごめんなさい。取り乱しちゃって」
頬と目を真っ赤に染めた彼女がそこにいました。
「あの……いえ。なんでもありません」
どうして彼女は急に泣き出してしまったのか。問いただしたい気持ちを、僕は必至で抑え込みました。ここでそれを聞いてしまうと、彼女がまた泣いてしまう。そんな予感がしたからです。
「本当にごめんね。せっかくの部活動見学なのに、嫌なもの見せちゃった」
「そ、そんな。謝ることないですよ。それにほら。悪いのは、急に変なこと言っちゃった僕ですし。つくづくどうしようもないと言いますか。お口チャックなんて言葉ありますけど、本当にチャック付いたりしませんかね。今日の戒めとして」
どうにかしてこの場の雰囲気を和ませたくて。あわよくば、彼女の涙をなかったことにしたくて。僕は、訳の分からない言葉を口走っていました。
「君、さすがにそれはやりすぎだよ」
「で、ですよね。すいません」
「……ふふ」
「?」
「ありがとう」
おそらく、僕の気持ちはバレバレだったのでしょう。彼女は、小さな声でそう告げました。顔に浮かんでいるのは微笑み。今度は全く引きつっているようには見えません。きっとこれが、彼女の本当の笑顔。飾り気の全くない、ごく自然なありのままの笑顔。
思わず息をのむ僕。
不思議な温かさがありました。
不思議な柔らかさがありました。
そして何より、とてもとても……。
「……綺麗」
心から、そう思ってしまいました。
「ん? 君、何か言った?」
「え? ……あ。い、いや。な、なんでもないです。ないでもないですから」
不意に浮かんだ言葉。それが口から出てしまったのだと気づかされ、恥ずかしさが全身を駆け巡ります。今、僕の顔や耳はトマトのように真っ赤になっているはずです。まあ幸いにして、彼女にその言葉は聞こえなかったようですが。
といいますか、僕ってここまで思ったことを口に出しちゃうタイプでしたっけ?
「そこまで否定されると気になるね」
「き、気にしないでください」
「少しだけでも教えてほしいな」
「む、無理です」
あれ? 何? どうしてこんなにグイグイ来るの? もしかして、やっぱりさっきの言葉が聞こえてて、あえて僕の口から二回目を言わせようとしてるとか?
「……君、結構からかいがいがありそうだね」
「か、からかいがい?」
僕が首を傾げた丁度その時。
「あのさ。少しいいかな?」
ずっと黙っていた部長さんが突然口を開いたのです。僕にまっすぐ向けられたその視線には、言いようのない真剣さが見てとれました。
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