STORY1 あの日、彼女の涙を見た⑤

「君さ。明日もここに来れる?」


「へ?」


 明日? 入学前の部活動見学って、確か今日だけしかできなかったんじゃ? 


 突然部長さんから告げられた提案。その意図が僕には全く分かりませんでした。


「明日もここに来て……いや、違うか。明日も明後日も、明々後日も来てほしいんだ。あ、土日は活動ないけど」


「ぶ、部長さん?」


「まあつまり、今から将棋部の一因になってくれないかってこと」


「はい!?」


 僕が将棋部の一因に? それも今から? 入学してからとかじゃなくて?


 僕の頭は、大量のはてなマークで埋め尽くされていました。これほどまでに混乱させられたのはいつぶりでしょうか。この高校の入学試験で全く分からない問題に直面した時ですら、ここまで混乱してはいなかったと思います。


「部長。急にどうしたんですか?」


 部長さんの隣では、プロ棋士である彼女が目を見開きながらそう問いかけていました。僕と同様に、彼女もまた部長さんの発言の意図がよく分かっていないのでしょう。


「…………」


「部長?」


「……何となくだよ」


「え?」


 彼女の質問に、部長さんは不思議な間を開けて答えました。


「何となく、彼には今すぐ将棋部に入ってほしいと思ったんだ。そもそも、今日の部活動見学で分かったけど、将棋が指せる新入生ってだけでも貴重だよ。彼みたいな人には今から唾つけとかないと」


 唾って。


「それにほら。彼が入学してから勧誘したんじゃ、もしかしたら他の部に取られちゃうかもしれないでしょ。例えばオカルト研究部とか。あそこ、かなり強引な勧誘するし。見た目的に彼は餌食になりそうじゃない?」


「あ。確かに」


 納得するの!? あと、オカルト研究部ってそこまで危ない部活だったんだ。絶対に近寄らないでおこう。


「で、どうかな? 今日から、将棋部入ってくれる?」


「ど、どうと言われましても。さすがに今日からっていうのは抵抗が」


 もちろん、将棋部に入部できること自体は嬉しいです。小さい頃から続けてきた将棋に、部活動という形で関われる。それが嬉しくないわけがありません。


 ですが、一応僕はまだ中学生。勧誘されたからといって、まだ入学してもいない高校の将棋部に入るのはいかがなものでしょうか。それに、今日は入学説明会という形でここにいられますけど、明日からは部外者。部活動に参加しようとしたら不法侵入で捕まったとあっては最悪です。


 そのことを部長さんに伝えると、彼女は「うーん。となると……」と呟きながら何かを考え始めました。どうやら、諦めるという選択肢は無いもよう。


 キーンコーンカーンコーン。


 鳴り響くチャイム。壁の時計に視線を移すと、時刻は十八時。あらかじめ伝えられていた部活動終了の時間です。


「えっと。僕、そろそろ」「そうだ!」


 僕の言葉を遮るように、部長さんが声を張り上げました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る