STORY1 あの日、彼女の涙を見た⑥
翌日。学校終わり。
「こ、こんにちはー」
扉を開けた先にいたのは、一人の女性。黒髪長髪。透き通った肌。胸上には赤いリボン。そう。現役女子高生かつプロ棋士の彼女です。
「こんにちは。昨日ぶりだね。先生に呼び止められたりしなかった?」
「は、はい。大丈夫でした」
果たして、部長さんは学校側にどう話をつけたのでしょうか。聞くところによると、部長さんのおじいちゃんが学校の理事長と深い付き合いだとか何とか。といいますか、ここに来るまでにすれ違った先生全員が、生暖かい視線を僕に向けていたような気がするのですが。
「で、昨日の部長との約束だけど」
「お、覚えてます。えっと」
僕は、ゆっくりと言葉を紡ぎます。昨日の夜、家族に聞かれないように何度も何度も練習したあの言葉を。
「し、師匠」
「ん。合格だね」
ニコリと微笑む師匠。動揺する様子は微塵もありません。きっと、僕とは違って恥ずかしさなんて感じていないんでしょう。これがプロ棋士の力というやつなんですかね?
昨日、部長さんから提案された内容はこうでした。中学生の僕が、まだ入学してもいない高校の将棋部に入るのには抵抗がある。それならば、中学生とか高校生、部活動というくくりがなくなればいいということ。
「くくりをなくすって、どうするんですか?」
「そんなの簡単。二人が、師弟になればいいんだよ」
「……はい?」
「君は、まだ入学してない高校の部活動に参加するんじゃない。ただ自分の師匠に稽古をつけてもらいに来てるだけ。どう? なかなかいいアイデアでしょ」
「ええ? そんな強引な」
「強引でも何でもいいんだよ。というわけで、君は今日から彼女の弟子。あなたは今日から彼の師匠。はい、決定。拒否権は無し」
こうして、僕と師匠の不思議な関係が始まったのです。もう本当にどこから突っ込んでいいのやら。まあ、部長さんの提案に流されて、今こうして将棋部の部室にいる僕も僕なんでしょうけど。
「どーん! あの子来てるー?」
僕が小さくため息をついたとほぼ同時。勢いよく扉を開けて、部長さんが姿を現しました。
「部長さん!?」
「部長。扉を開けるときは静かに」
「ごめんごめん。お。君、ちゃんと来てくれたんだね。ありがとう」
嬉しそうにそう告げる部長。そのまま、僕に向かって右手を差し出します。握手を求めているのだと気がつくのに、数秒の時を要しました。
「し、失礼します」
僕は、恐る恐る彼女の手を握ります。柔らかいとか温かいとか、そんな言葉では言い表しようのない不思議な感覚。ただ一つはっきりしているのは、異様な照れくささがあるということ。
「うーん。弟子ちゃん、まだまだ固いよ。私のこと、『部長さん』じゃなくて『部長』って気軽に呼んでくれてもいいんだよ」
「そ、そうですか。えっと。ぶ、部長」
「おけおけ。素直でよろしい」
師匠。部長。そして僕。三人は、こうして将棋部での日常をスタートさせたのです。
ただ一つ、気になることが。
「弟子ちゃん。師匠ちゃんのこと、よろしくね」
後に言われたこの言葉。なんだか妙に含みがあったような……。
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