第13話 タイミング?

 放課後。将棋部の部室。


 対局が中盤に差し掛かったあたりで、将棋盤の向こうにいる師匠が不意に顔を上げました。


「君、今日は様子が変だね」


「へ!? そ、そうですかね。べ、別にいつも通りですけど」


「さっきからチラチラこっち見てくるし。それに、部室に入ってきた時も明らかに挙動不審だったよ」


「き、気のせいじゃないですかね。あ、あはは」


 いや、気のせいではありません。師匠の指摘が正しいことは、僕自身が一番よく分かっています。


『弟子ちゃんはさ。いつ師匠ちゃんに告白するの?』


 昨日、部長から言われたとんでもない言葉。それが、僕の頭にこびりついて離れないのです。目の前に師匠がいる今の状況下で、意識するなという方が難しいでしょう。


「ふむ」


 じっと僕を見つめる師匠。その視線から逃れたくて、僕は顔を盤上に向けました。心臓はもう爆発寸前。鼓動音が師匠に聞こえていても不思議ではないと思えるほど。


 加えて、心の中でとある不安が膨れ始めます。あからさまだったとはいえ、自分の様子が変であることを師匠に気づかれてしまった。ということは、これから待っているのは十中八九師匠からのからかい。いつも受け流せていないのに、今の僕がそれを受け流せるなんて全く思えません。これが詰みというやつですね。将棋盤にいる自分の王様よりも僕自身の方が先に詰まされてしまうなんて。皮肉にもほどがありますよ。


「……ま、いっか。それより対局の途中だったね。次は君の手番」


 ですが予想に反して、師匠は僕をからかおうとはしませんでした。


「し、師匠? か、からかわないんですか? 僕の様子が変なこと」


「ん? からかってほしいのかい?」


「い、いえ。そういうわけじゃないですけど」


 一体師匠はどうしたのでしょうか? こんな絶好のからかいチャンス、めったにないのに。いやそもそも、師匠はチャンスがなくてもからかってくるような人ですけど。


 思わず首をかしげてしまった僕を見て、師匠は小さくため息を吐きました。


「あのね。もちろん君をからかうのは好きだよ。私の一番の趣味だし」


「いや、そこまで言われると反応に困ります」


 ぜひ趣味の再考をお願いしたいところ。


「好きなことに変わりはないけどさ。からかっちゃいけないタイミングはわきまえてるつもり」


「タイミング?」


「例えば今。私が変にからかうと、なんだか君を傷つけちゃうような気がしたんだよね。言いたくないことを無理に言わされて、って感じでさ」


 師匠の言葉に、僕は何も答えることができませんでした。師匠がそんなことを考えているなんて思ってもみなかったからです。


 確かに、師匠が僕をからかった結果、僕が昨日部長に言われたことを口走っていた可能性はかなり高いでしょう。そしてそうなった場合。僕は師匠とこれまで通りの関係を続けていけるでしょうか。この部室で、師匠と笑って将棋を指すことができるでしょうか。正直、自信はありません。


「君がどうしてそんなに挙動不審なのかは分からないけど。早く元通りになってくれると嬉しいかな。そうじゃないと、私が君をからかえないから」


 そう告げる師匠の顔には、ちょっぴり寂しそうな笑顔が浮かんでいました。

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